2007年10月20日

投稿/とあるカリー屋さんの戯言(4) タンドール土釜との死闘(後編)〜一撃会・THE ROCK-MAN

とあるカリー屋さんの戯言(4)
タンドール土釜との死闘(後編)
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●大山総裁降臨

まさに、身も心も打ちひしがれていた。その時だ!
「き…」
え? どこからか、何かが聞こえた。
「きみ…」
確かに聞こえる。姿は見えないが、どこかで聞き覚えのあるような「誰か」の声が…。
「きみィ」
重低音で響く野太い声に、思わず「だ、誰?」反射的にこう聞き返してしまった。そして、声の主を知った私は即座に後悔し、立ち竦んだ。「ま、まさか、その声は!」
その野太い威厳のあるお声の持ち主は世界広しと言えど只一人しかいません。その「お声」の主は半ば呆れたように言った。
「誰? じゃないよぉ! きみィ〜何様のつもりだぁ〜。バカモノ!」
「お声」の主を特定した私は、その場ですぐに立ち上がり、慌てて震えた拳を握り締め直立不動になった。
「お、お、大、山、総、裁!!」
大山総裁の突然のご出現に驚愕して、失礼にも「誰?」と聞き返したことを後悔しながら、畏縮し下を向いて私は固まった。そんな私の態度を意に返さず、大山総裁は話を続けた。
「まったく情けないんだなぁ〜きみは。な〜にやってんだあー、稽古してないんだなあ。きさまぁー! バカもん」
「オ、オ、オ…押忍、失礼致しました」と言いかけたが、私は大山総裁の威圧感に完全に畏縮してしまい、口をパクパクさせるだけで全く声にならなかった。大山総裁は落ち着いた様子で、あの「野太いお声」でこう仰られた。
「極真空手というのはねェ、地上最強なんだよ、誰が何と言おうが、これはあだしの信念だぁ。極真空手が世界に発展するまではねえ、そりゃ〜もういろいろあったよ、本当に大変だったんだぁ〜。今は総裁だの、ゴッドハンドだのと呼ばれているが、あだしだって生身の人間です。大山倍達は神様ではない! そりゃ〜言葉に出来ないような苦労もしたよ」
お姿は見えないが総裁の感慨深い表情が脳裏に浮かんだ。
「キミは極真空手家のはしくれ者だというそうじゃないかぁ〜。ならば、あだしの弟子だ。弟子の前でこんな事は言いたくはないが、あだしはねェ下げたくもない頭もずいぶんと下げたよ。極真空手というのはね、そういうあだしの苦労と血と汗と涙の結晶なんだよ。だからこそ極真は未来永却不滅でなければいけないのよ」
またしても総裁のお姿は見えないが、お顔を紅潮され、身振り手振りを加えながら躍動感たっぷりにお話されるシーンが再び脳裏に浮かんだ。さらに大山総裁は、
「それをなんだねきみは。地上最強のカリーを目指すと言いながら、その様は。さっきから見ていたが、も〜う見ちゃいられないよ」
今度は眉間にしわを寄せ、口を真一文字にした総裁の険しい表情が浮かんできて、さらに私は畏縮した。
「だいたいねェ大げさなんだよ〜きみィー! 怪物だとか、蛇の化身だとか、たんどるだかナンどるだか知らないけど、まったくきみはたるんどるだよ〜。だめじゃないのよ〜、そんなものただの『どろ』のかたまりじゃないかぁ〜。ものを言わぬ相手に、な〜にやってんだぁ! あだしは呆れてものが言えないよ〜」
「だいたいねェ、地上最強なんて軽軽しくいうものじゃないのよ〜石の上にも十年と言うが、キミはまだはじめたばっかりじゃないかぁ〜。千日の修行を持って初心とし、万日をもって極と成するんだよ、たんどるでもナンどるでもいいから一万回やりなさい。何でもそうだが、物と向き合う時にはねェ謙虚な姿勢が大切 なんです。頭は低く、目は高く、口慎んで、心広く、考を原点として、他を益する。それが極真精神です」
少し間を置いてから、さらにこう仰られた。
「でもね、お客様のためにとか、誠心誠意頑張ってますとか、そんなものは建前だよ。奇麗事をグダグダ言うなら今すぐやめちまえー!! 君のやっていることは商売じゃないかぁ〜。商売である以上はお金をうんと稼ぎなさい。それが力なんだよ〜。でもねェ、あまり行き過ぎる誇大広告はだめだ。男はけんかに強くならなくちゃいけない。だ〜から極真空手の本質は『組手』だよォ〜、キミの場合その組手にあたるのが『味』だ! 本質を忘れず精進せーい! わーかった!?」
眉間にしわを寄せ、口を真一文字に閉じた総裁の険しい表情がやや、和らいだように見えた。
私は只々畏縮し、圧倒され、その場に佇んでいた。でも、一言だけ大山総裁にお礼を言いました。「押忍」と。

●続行! 極真空手vs印度の怪物

そうだ。これは「けんか」組手だ。始まったら最後までやり通さなくちゃいけない。本質を見極め、とことんまでやり通して初めて本物の「味」が生まれるのだ。私は気を取り戻し、心の中で叫んだ。「構えて、続行!」私は再び釜穴を覗いてみた。
「あリャーこれはひどい…」
なんと、釜壁がペンキを塗ったように黒一色に染まっているではないか! 私は軍手を2重にはめて、釜穴に手を入れ釜壁を触ってみた。
《ヌルッ》…
「おや? すべるぞ!」
2重の軍手にへばり付いた黒い物質をよくみると、それはまさに黒ペンキのようにヌルヌルとした黒いススだった。
「ナンが釜壁にくっ付かないわけだ〜」
黒いススが釜壁を覆い被さり、ナンがくっ付こうとするのをすべり落としていたのだ。私はすぐに釜壁をタオルで拭き、壁にへばり付いた黒いススを拭い落とした。1枚のナンを広げ、もう一度深呼吸して気合を入れ直した。貫手一線!
「どりゃー!」
《ピタ》
今度はくっ付いた。だが、すぐにナンはペラッと釜壁から離れて《ヒラヒラ》とまた釜底に向かって落ちようとしている。私はその瞬間を見逃さなかった。
「させるか!」
私は瞬時にナン槍を取り出し、《ヒラヒラ》と釜底に落ちようとしているナンの上部分に、先が直角に伸びたナン槍の形状を利用して、槍を刺さず側面を押し付けた。すかさずナンべらを取り出し、ナンの下の部分を釜壁に向かって押さえつけた。
《ジュッー!!》
バンダナ越しにはみ出した髪の毛が着火しそうな勢いで焦げ、煙が噴出している。腕をぐるぐるに巻いたタオルが溶け、その隙間から熱風が入り込み、腕の地肌を焼いた。だが離すものか!
「あと数秒の我慢だー!」
ここで手を離すわけにはいかない。何せ命よりも大切なお客様が待っているのだ!
「あ、あつ──ぅ!」
思わず声が漏れた。
「ラスト10秒──!!」
必死の形相で押さえつけていたのは約15秒。ナンは焼けた。

●仮説

やっとのことで、この日の営業は終了した。
結局この日はお客様を散々待たせてしまい、大変な迷惑をかけてしまった。結果的に、「とあるカリー屋さん史上、最低最悪の1日」となってしまったが、収穫も多い貴重な一日でもありました。
その収穫とは、数々の偶然により、この日だけでタンドール釜の攻略法のヒントを多くつかむ事が出来たことです。そういう意味では、今後お店を続けていく過程において、避けては通れなかったいばらの道。
まさに忘れられない日だったと思う。
ではなぜ、タンドール釜攻略にこれほど苦戦したのか? 自分なりに仮説を立て、推理してみた。仮説は以下の3つの理由に集約されると思います。

【理由その1:タコの吸盤】
土釜は読んで字のごとく「土」で出来ている。土の表面は、鉄やステンレスなどと比べて非常に荒い。鉄やステンレスがきめの細かい女性のような《ツルツル》の肌だとするならば、土はきめの粗い男のような《ザラザラ》の肌ということになる。表面が粗いということは、その分だけ鉄やステンレスなどよりも、酸素や水分、その他の微粒子などが吸収しやすいということを意味する。
酸素や水分が吸収しやすいということは、その分だけ熱の伝導率が遅くなり、釜壁の表面は、敏感にその時の状況に応じて温度を変化させているということではないか?
最初にナンを貼り付けた時を思い出してみる。釜壁がタコの吸盤のようにナンを吸い上げ、私はナンを釜壁から剥がすことができなかった。これは一体何を意味しているのだろうか? 私の推論ですが、釜壁の表面に無数にある穴、つまり人間の肌で言うところの毛穴には常に酸素が存在し、その穴がナンで塞がった。
ナンと熱風により穴に酸素がなくなって密封した状態になり、さらに釜底から熱風がナンを押しつぶし、結果的にナンが酸素穴からバキュームしている形になった。おそらくこれが、ナンが釜壁から吸い付いて離れなかった最大の理由だと思った。

【理由その2:理想的な状態】
次に、タコの吸盤のように釜壁がナンを吸い付いて離れなかった状態からうって変わって、ナンが釜壁から無駄なくはがれ理想的な状態で焼くことが出来た。何故突然このような状態になりえたのだろうか?
5枚目のナンをはがそうとして火傷をした「あの時」まで遡って考えてみる。
あの時、私はナンを焼くのにことごとく失敗していた。5枚目のナンを強引にはがそうとして火傷を負い釜蓋を閉じた。そして6枚目のナンを焼こうとして釜蓋を開けた瞬間、爆発が起こったのだ。その後、釜壁に張り付いたままのすでに焦げてしまったナンをナンベらで落とした。
おそらくこの間がポイントだと思います。爆発した時に張り付いたナンが砕け、ナンベらで塵を落とした際に、穴の中にナンの微粒子が居残った。その上からナンを貼り付けると、熱風でナンが煽られ、さらに釜壁との間に隙間が生じる。その隙間にナンの粉塵が入り込でクッションの役割を果たし、ナンが剥がれやすくなっていたのではないか。

【理由その3:黒いスス】
最後に、理想的な状態からはたまた一転して、今度はナンが釜壁に張り付かなくなった。何故だろうか?
おそらくそれは、やはり火傷をした「あの時」から、理由その2の理想的な状態を経て、立て続けにナンをすべり落として失敗していた状態の間に起こった「何か」が原因だと思われる。
火傷をしたあの時、爆発が起こった。砕けて張り付いたナンを釜底に落とした。おそらくその時からすでに黒いススが発生していた。だが、微量だったため、気づかず、またナンを焼く際にあまり影響はなかった。
ところが、最初にナンを釜壁から落とした時に、ナンが燃え赤い炎が燃え広がった。小学校の理科の授業で習ったように、赤い炎が燃えているということは、不完全燃焼を起こしているという意味だ。不完全燃焼した赤い炎の先から大量の黒いススが発生して、その黒いススが釜壁を覆い尽くし、穴を塞いだ。
ナンの塵や粉塵のクッションまでススで覆い、もしくは熱風で吹き飛ばされて、ススが釜壁に堆積してヌルヌルになり、ナンをすべり落とす状態をかもし出した。ということだと私は推測したのだ。

●結論

結論として、タンドール釜は常に一定の温度を保っているのではなくて、時季によって、また釜蓋の開閉の際やナン、タンドーリチキンなどを焼いている間にも温度は激しく変化しているということが分かりました。温度が変化にするにつれて、釜は時には最強の相棒になり、時には最悪の悪魔にもなりうるということだ。
ではどうやったら、釜の温度を一定にして、常に理想的なナンを焼くことが出来るのか?
答えは、「理由その1、その2、その3」のすべてにヒントが隠されているのだが、ここでは「理由その2」に着目してみたい。
その後、私は「理由その2」のような理想的な状態にどうしたらもっていけるのか、試行錯誤していました。「理由その2」が理想的といっても、あれは偶然がかもし出したいわば外道であり、もう一度ああいう状態に戻るかといったら、それは当然不可能に違いない。
タコの吸盤のように吸い付いてしまう釜壁に何をしたら、ナンが吸い付かないようにできるか?
その疑問は意外とあっけなく解決できた。女性の方はご存知な人も多いと思うが、バウンドケーキなどを焼く時に、ケーキがトレイに張り付かないようにする、ある裏技がある。答えはその裏技の原理と同じなのである。
その原理とは─。
ここで発表しても構わないのですが、一応「秘伝」として秘密にしておきましょうか…。

●400度の説得力

それはさておき、最後にこのタンドール釜で焼いた代表的な料理をもうひとつ紹介しましょう。
それは「タンドーリチキンティッカ」といいます。タンドーリチキンティッカとは、ヨーグルトにスパイスを混ぜ合わせそこに鶏のモモ肉を漬け込み、十分にスパイスに漬け込まれた鶏肉を専用の串に刺しタンドール釜に差し込む。
かまに充満した熱温で豪快に焼き上げる。遠赤外線が鶏肉の旨みを閉じ込め、焼きあがりは、表面はカリッと中はジューシー! これぞミラクルテイストだ!!
私はこのタンドーリチキンテッカこそ、鶏肉料理の最高傑作であると言いたい。何よりも400℃の説得力があるのだ。

●4時間後…

また一介の弱小店舗の私が、独断と偏見によりさんざん偉そうな誇大妄想に耽ってしまいました。
オニオンを叩きつづけて4時間が経過し、約半分になった。
タンドール釜は相変わらず、狭い厨房に遠赤外線を撒き散らしている。
暑い!
「あぢィ、暑いよ〜。岩盤浴ならぬタンドール浴だな、こりゃッ」
私はオニオンを叩きつづける傍ら、温泉のカタログを手にとって読んでいた。
「ナニナニ…、岩盤浴の遠赤外線効果は、発汗作用を促進させ血液循環機能を改善しがん予防に良いとされるだと…。う〜む、なるほど…。そういえばオニオンも何か効能があったよな〜。何だっけ?」

「とあるカリー屋さん」はオニオンとタンドール釜にはさまれて、今日も血液サラサラなのでした……。


※お詫び
文中の「この日」は、2003年10月23日のことです。この日は、オーダーを待ちきれず怒って帰られたお客様も散見されました。お客様にご迷惑をおかけし、帰られてしまうという異常事体は、お店を営んでいるものにとってこれほど申し訳ないという気持ちになることはありません。
100パーセント私の不徳の致すところです。特にあの日ナンをオーダーされたお客様には、大変なご迷惑をおかけいたしました。この場をお借りして、お詫びしたいと思います。


(後編・了)


記/一撃会・範士 THE ROCK-MAN

samurai_mugen at 13:03 │clip!投稿 

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