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2007年09月26日
連載/I LOVE ROCK !《番外編》吉田拓郎(2)｢いまは拓郎しか聴けない｣
●いまは吉田拓郎しか聴けない
以前も書いた｡
いま､私は毎日吉田拓郎を聴き続けている｡本当に毎日だ｡この数か月､欠かしたことがない｡
拓郎しか聴かないのだ｡
大好きな矢沢永吉も､中島みゆきも､ﾕｰﾐﾝも､ﾌﾞﾙｰｽｽﾌﾟﾘﾝｸﾞｽﾃｨｰﾝも､ﾎﾞﾌﾞﾃﾞｨﾗﾝも､ｴﾙﾄﾝｼﾞｮﾝも､ﾃﾞﾋﾞｯﾄﾞﾎﾞｳｲも…｡長渕剛なんかもっての他だ｡全く興味を失った｡拓郎なのだ｡明けても暮れても吉田拓郎に始まり吉田拓郎で終わる｡
何故､こうも拓郎にはまっしまったのか？ その理由は以前も書いたはずだ｡
｢吉田拓郎は走っている｡自分自身を真正面から見つめ､背伸びせず､自分のｽﾋﾟｰﾄﾞで､そのときの好きなﾃﾝﾎﾟで走っている｣
考えてみれば､｢あの｣吉田拓郎も60歳だ｡
ｿﾝｸﾞﾗｲﾀｰという､当時の日本には存在しなかったﾐｭｰｼﾞｼｬﾝが現れた1960年代｡岡林信康などの関西ﾌｫｰｸ系がｱｰﾀﾞｰｸﾞﾗｳﾝﾄﾞで政治色の強い歌を唄っていたことも知っているし､岡林も嫌いではない｡
しかし､ｿﾝｸﾞﾗｲﾀｰの地位に市民権を与え､あれから40年近く日本ﾎﾟﾋﾟｭﾗｰ音楽界を牽引してきたのはたった4人だと思っている｡
吉田拓郎､矢沢永吉､中島みゆきと松任谷由実…｡
何故なら､彼らはいまも｢走り続けている｣｡決してﾒﾃﾞｨｱに迎合しない｡ﾒﾃﾞｨｱを利用することはあっても自分の｢核｣は絶対に失わない｡
だが､うかつにも90年代の音楽ｼｰﾝに疎かった私は､吉田拓郎だけは走るのを止めてしまったと思い込んでいた｡矢沢さんは誰もが知るように常に全力疾走を過激に続けている｡
中島みゆきと松任谷由実は､言い方は悪いが｢腐っても鯛｣である｡この数年､ある面で枯れながらも(いい意味で)､常に女性ﾐｭｰｼﾞｼｬﾝの巨塔として君臨している｡次々と新しい試みに挑戦している｡
ならば男はどうだ…｡
矢沢さんはｽｰﾊﾟｰｽﾀｰだから特別として､いったい70年代からいまも走り続けているﾐｭｰｼﾞｼｬﾝはいるのか？ 長渕がそうだ､といえば否定はしない｡
だが私は､それまでは軟派なｱｲﾄﾞﾙﾌｫｰｸｼﾝｶﾞｰだった長渕が90年前後から突然､硬派に様変わりし､極真空手だﾎﾞｸｼﾝｸﾞだ､ﾎﾞﾃﾞｨﾋﾞﾙだと急激に｢男｣を売り出してきたその姿勢に､決して嫌悪感ではないが息苦しさを常に感じていた｡映画｢竜二｣とｼｮｰｹﾝ(萩原健一)の影響をもろに被り､どこか｢和製｣ﾌﾞﾙｰｽｽﾌﾟﾘﾝｸﾞｽﾃｨｰﾝを意識したｽﾀｲﾙ｡以前はﾗﾌﾞｿﾝｸﾞ専門だったのに一転してﾒｯｾｰｼﾞ色の強い大作志向…｡
｢でも長渕も40の坂を越えて50になっても走っている｡人間､ある時期から変化するのも悪くはない｡長渕の場合､ｵﾀﾏｼﾞｬｸｼが蛙になったのか､ｲﾓﾑｼが揚羽蝶になったのか分からないが､それはそれで立派なことだ｣
そう思うようにしていた｡だから私は90年代､洋楽は別にして矢沢永吉と長渕剛だけは聴き続けてきた｡
だが､どうしても長渕はﾁﾝﾋﾟﾗでしかない｡いかに意気がり硬派ぶっても不自然さはとうとう拭えなかった｡ましてや近年､長渕の歌にはﾊﾟｸﾘが増えてきた｡曲だけでない｡歌詞も､どう読んでも｢相田みつをのﾊﾟｸﾘじゃないかい？｣としか思えないものが目立つ｡
こいつ､とうとうﾒｯｷが剥がれ出したな! そう思っていたら今度は長渕の娘がｱｲﾄﾞﾙとしてﾃﾞﾋﾞｭｰするという｡
｢やめてくれよ!｣
私はうんざりした｡ﾐｭｰｼﾞｼｬﾝや俳優は｢夢｣を売る商売だ｡悪くいえば｢虚業｣といってもいい｡｢男｣を売る長渕が娘をｱｲﾄﾞﾙﾀﾚﾝﾄだって？ やはり人間は変わらないものなのだ｡70年代から80年代にかけて軟派で裏声で女の子用の歌を唄っていた人間の本性はなんにも変わっていないのだ｡
そう思った瞬間､私は長渕に興味を完全に失った｡
そんなときだ｡80年代後半から最近までの吉田拓郎を聴いてみた｡感動した…｡それも､しんみりと感動した｡2度目の離婚､そして再婚｡肺癌という重病を乗り越え､鬱病にも苦しんだという｡それでも拓郎は昔のように彼にとっての｢いま｣を唄い続けているではないか｡決して走るのを諦めてはいない｡
私は矢沢永吉が目標だ｡彼はｽｰﾊﾟｰｽﾀｰだが､それでも私と矢沢さんとの間には見えない梯子が掛かっている｡あまりにも遠い存在だが､｢いつか! いつか!｣を胸に私は矢沢さんを追い続けてきた｡
しかし､そんな自分がときには疲れることもある｡息切れして諦めたくなるときもある｡あまりにも矢沢さんのﾊﾟﾜｰが超人的過ぎるからだ｡追いつくどころか､離されてしまうことに焦ってしまう｡
｢もう勘弁してくれよ!｣
俺は矢沢永吉にはなれないんよ…｡そう思うときもある｡
しかし､吉田拓郎は違う｡実に自然に､そして素直に､自分を飾らず､それでも走っている｡まるで人生を達観したかのように｡しかし､ときには40年前のように激しく｡
いまの私は､連日仕事に終われ､ﾄﾗﾌﾞﾙは四方八方から矢のように飛んでくる｡敵なんて外に出たら90％以上､敵ばかり｡夜は､否､朝は眠れない｡眠れば締切りの催促の夢にうなされて脂汗をかく毎日だ｡本当に私の側に塚本佳子がいてくれるから何とか仕事ができる､生きてもいける｡塚本がいなければ夢現舎はないし､物書きの私もいない｡
そんないまの私には､吉田拓郎が､彼の走るｽﾋﾟｰﾄﾞとﾃﾝﾎﾟがとても心地よいのだ｡勿論､矢沢永吉が永遠の目標であることには変わらない｡でも…少なくともいまの私を元気づけ､癒やしてくれるのは吉田拓郎しかいないのだ｡
これからまたiPodで拓郎を聴いて寝よう｡腹が立って怒鳴ったあとも拓郎を聴こう｡仕事に疲れたときも拓郎を聴く｡暇さえあれば拓郎を聴いていたい｡
こうして私は毎日､拓郎を聴き続けているのだ｡
(了)
以前も書いた｡
いま､私は毎日吉田拓郎を聴き続けている｡本当に毎日だ｡この数か月､欠かしたことがない｡
拓郎しか聴かないのだ｡
大好きな矢沢永吉も､中島みゆきも､ﾕｰﾐﾝも､ﾌﾞﾙｰｽｽﾌﾟﾘﾝｸﾞｽﾃｨｰﾝも､ﾎﾞﾌﾞﾃﾞｨﾗﾝも､ｴﾙﾄﾝｼﾞｮﾝも､ﾃﾞﾋﾞｯﾄﾞﾎﾞｳｲも…｡長渕剛なんかもっての他だ｡全く興味を失った｡拓郎なのだ｡明けても暮れても吉田拓郎に始まり吉田拓郎で終わる｡
何故､こうも拓郎にはまっしまったのか？ その理由は以前も書いたはずだ｡
｢吉田拓郎は走っている｡自分自身を真正面から見つめ､背伸びせず､自分のｽﾋﾟｰﾄﾞで､そのときの好きなﾃﾝﾎﾟで走っている｣
考えてみれば､｢あの｣吉田拓郎も60歳だ｡
ｿﾝｸﾞﾗｲﾀｰという､当時の日本には存在しなかったﾐｭｰｼﾞｼｬﾝが現れた1960年代｡岡林信康などの関西ﾌｫｰｸ系がｱｰﾀﾞｰｸﾞﾗｳﾝﾄﾞで政治色の強い歌を唄っていたことも知っているし､岡林も嫌いではない｡
しかし､ｿﾝｸﾞﾗｲﾀｰの地位に市民権を与え､あれから40年近く日本ﾎﾟﾋﾟｭﾗｰ音楽界を牽引してきたのはたった4人だと思っている｡
吉田拓郎､矢沢永吉､中島みゆきと松任谷由実…｡
何故なら､彼らはいまも｢走り続けている｣｡決してﾒﾃﾞｨｱに迎合しない｡ﾒﾃﾞｨｱを利用することはあっても自分の｢核｣は絶対に失わない｡
だが､うかつにも90年代の音楽ｼｰﾝに疎かった私は､吉田拓郎だけは走るのを止めてしまったと思い込んでいた｡矢沢さんは誰もが知るように常に全力疾走を過激に続けている｡
中島みゆきと松任谷由実は､言い方は悪いが｢腐っても鯛｣である｡この数年､ある面で枯れながらも(いい意味で)､常に女性ﾐｭｰｼﾞｼｬﾝの巨塔として君臨している｡次々と新しい試みに挑戦している｡
ならば男はどうだ…｡
矢沢さんはｽｰﾊﾟｰｽﾀｰだから特別として､いったい70年代からいまも走り続けているﾐｭｰｼﾞｼｬﾝはいるのか？ 長渕がそうだ､といえば否定はしない｡
だが私は､それまでは軟派なｱｲﾄﾞﾙﾌｫｰｸｼﾝｶﾞｰだった長渕が90年前後から突然､硬派に様変わりし､極真空手だﾎﾞｸｼﾝｸﾞだ､ﾎﾞﾃﾞｨﾋﾞﾙだと急激に｢男｣を売り出してきたその姿勢に､決して嫌悪感ではないが息苦しさを常に感じていた｡映画｢竜二｣とｼｮｰｹﾝ(萩原健一)の影響をもろに被り､どこか｢和製｣ﾌﾞﾙｰｽｽﾌﾟﾘﾝｸﾞｽﾃｨｰﾝを意識したｽﾀｲﾙ｡以前はﾗﾌﾞｿﾝｸﾞ専門だったのに一転してﾒｯｾｰｼﾞ色の強い大作志向…｡
｢でも長渕も40の坂を越えて50になっても走っている｡人間､ある時期から変化するのも悪くはない｡長渕の場合､ｵﾀﾏｼﾞｬｸｼが蛙になったのか､ｲﾓﾑｼが揚羽蝶になったのか分からないが､それはそれで立派なことだ｣
そう思うようにしていた｡だから私は90年代､洋楽は別にして矢沢永吉と長渕剛だけは聴き続けてきた｡
だが､どうしても長渕はﾁﾝﾋﾟﾗでしかない｡いかに意気がり硬派ぶっても不自然さはとうとう拭えなかった｡ましてや近年､長渕の歌にはﾊﾟｸﾘが増えてきた｡曲だけでない｡歌詞も､どう読んでも｢相田みつをのﾊﾟｸﾘじゃないかい？｣としか思えないものが目立つ｡
こいつ､とうとうﾒｯｷが剥がれ出したな! そう思っていたら今度は長渕の娘がｱｲﾄﾞﾙとしてﾃﾞﾋﾞｭｰするという｡
｢やめてくれよ!｣
私はうんざりした｡ﾐｭｰｼﾞｼｬﾝや俳優は｢夢｣を売る商売だ｡悪くいえば｢虚業｣といってもいい｡｢男｣を売る長渕が娘をｱｲﾄﾞﾙﾀﾚﾝﾄだって？ やはり人間は変わらないものなのだ｡70年代から80年代にかけて軟派で裏声で女の子用の歌を唄っていた人間の本性はなんにも変わっていないのだ｡
そう思った瞬間､私は長渕に興味を完全に失った｡
そんなときだ｡80年代後半から最近までの吉田拓郎を聴いてみた｡感動した…｡それも､しんみりと感動した｡2度目の離婚､そして再婚｡肺癌という重病を乗り越え､鬱病にも苦しんだという｡それでも拓郎は昔のように彼にとっての｢いま｣を唄い続けているではないか｡決して走るのを諦めてはいない｡
私は矢沢永吉が目標だ｡彼はｽｰﾊﾟｰｽﾀｰだが､それでも私と矢沢さんとの間には見えない梯子が掛かっている｡あまりにも遠い存在だが､｢いつか! いつか!｣を胸に私は矢沢さんを追い続けてきた｡
しかし､そんな自分がときには疲れることもある｡息切れして諦めたくなるときもある｡あまりにも矢沢さんのﾊﾟﾜｰが超人的過ぎるからだ｡追いつくどころか､離されてしまうことに焦ってしまう｡
｢もう勘弁してくれよ!｣
俺は矢沢永吉にはなれないんよ…｡そう思うときもある｡
しかし､吉田拓郎は違う｡実に自然に､そして素直に､自分を飾らず､それでも走っている｡まるで人生を達観したかのように｡しかし､ときには40年前のように激しく｡
いまの私は､連日仕事に終われ､ﾄﾗﾌﾞﾙは四方八方から矢のように飛んでくる｡敵なんて外に出たら90％以上､敵ばかり｡夜は､否､朝は眠れない｡眠れば締切りの催促の夢にうなされて脂汗をかく毎日だ｡本当に私の側に塚本佳子がいてくれるから何とか仕事ができる､生きてもいける｡塚本がいなければ夢現舎はないし､物書きの私もいない｡
そんないまの私には､吉田拓郎が､彼の走るｽﾋﾟｰﾄﾞとﾃﾝﾎﾟがとても心地よいのだ｡勿論､矢沢永吉が永遠の目標であることには変わらない｡でも…少なくともいまの私を元気づけ､癒やしてくれるのは吉田拓郎しかいないのだ｡
これからまたiPodで拓郎を聴いて寝よう｡腹が立って怒鳴ったあとも拓郎を聴こう｡仕事に疲れたときも拓郎を聴く｡暇さえあれば拓郎を聴いていたい｡
こうして私は毎日､拓郎を聴き続けているのだ｡
(了)
連載･I LOVE ROCK !番外編/吉田拓郎(改定完成版!)
吉田拓郎について
最近､何故だか分からないのだが吉田拓郎の歌ばかり聴いている｡
私は就寝前､必ずのようにiPODを聴く習慣がある｡ｲﾔﾎﾝも､性能では若干劣るiPOD専用のものではなく､わざわざ高性能の商品を購入した｡
思えば昔､昔の70年代…｡私たちは片耳専用のｲﾔﾎﾝでﾗｼﾞｵから流れる音楽を貪り聴いたものだ｡ｶｾｯﾄﾃｰﾌﾟが開発され､｢ﾗｼﾞｶｾ｣と呼ばれる再生機が商品化されると､音楽はより身近なものになった(もっとも私は家が貧乏で､大学に入ってｱﾙﾊﾞｲﾄの給料で買うまでﾗｼﾞｶｾには縁がなかったが…)｡
大学1年の頃だった｡ｿﾆｰからｳｫｰｸﾏﾝが発売された｡これは音楽ﾌｧﾝにとって｢革命｣といえるものだった｡好きな音楽がいつでもどこでも聴くことが出来るなんて､まるで夢のようだった｡
私は空手の稽古以外の時間を殆どﾊﾞｲﾄにあてて銭を稼いだ｡それで買ったのが｢ｳｫｰｷｰ｣という､ｳｫｰｸﾏﾝの後発商品だった｡ただ､何故ｳｫｰｸﾏﾝを買わなかったかといえば､大した理由はない｡特別ｳｫｰｷｰが安かった記憶はない｡
私は元々､No.1企業が好きではなかった｡No.1企業にはなんとなく｢傲慢｣な匂いを感じたがらである｡
ｳｨｽｷｰはｻﾝﾄﾘｰは絶対に買わず､ひたすらﾆｯｶかｵｰｼｬﾝを飲み続けた｡ﾋﾞｰﾙもｷﾘﾝは飲まなかった｡当時､弱小にしていつ潰れるか分からないといわれていたｱｻﾋを好んだ(私は学生時代､急性ｱﾙｺｰﾙ中毒で死ぬ一歩手前になるまでは毎日欠かさず酒を飲んでいた｡いまは飲まないが)｡
ｶﾚｰﾙｰもﾊｳｽは買わずS&Bと決めていた｡腕時計はｾｲｺｰではなくｼﾁｽﾞﾝを選んだ｡ｶｯﾌﾟﾗｰﾒﾝもｶｯﾌﾟﾇｰﾄﾞﾙではなくﾏﾙﾁｬﾝや明星のｶｯﾌﾟﾒﾝを食べるし､即席ﾗｰﾒﾝも絶対ﾊｳｽや日清は食べない｡ｶｯﾌﾟｳﾄﾞﾝもどん兵衛は無視!? 赤いｷﾂﾈを選ぶ｡だからｺｶｺｰﾗはいまも好きではない｡ｺｰﾗを飲むならﾍﾟﾌﾟｼを飲む｡昔､ｺｶｺｰﾗから出ていたﾌｧﾝﾀの対抗商品として､ﾍﾟﾌﾟｼからﾐﾘﾝﾀﾞという清涼飲用水が発売されていた｡私はﾌｧﾝﾀは決して手にしなかった｡ﾐﾘﾝﾀﾞばかり飲んでいた(だが､最近ﾐﾘﾝﾀﾞはどこにも売っていない)｡
また､私は行列ができるような超有名店には絶対に入らない｡緊張しながらﾗｰﾒﾝなど食べるもんじゃない｡銀座だか浅草の高級寿司屋にいくならば私は迷わず回転寿司で結構!
とにかく私は業界ﾄｯﾌﾟの企業とか超一流を気取る店に何故か嫌悪感までも抱いている｡
話がそれた｡
音響機器といえばｿﾆｰがお決まりだった時代､私は持ち前のひねくれ心からｿﾆｰを敬遠し､東芝のｳｫｰｷｰを選んだのである｡
いま考えれば､意外にﾃﾞｶｲ商品だった｡風呂で体を洗うｽﾎﾟﾝｼﾞくらいはあったのではないか｡それでも､あの頃は夢の機械だった｡
私はｳｫｰｷｰを空手の帯に挟んでよくﾗﾝﾆﾝｸﾞした｡いつも手で押さえてないとﾌﾗﾌﾗするし音も歪んだ｡それでも電車のなかで聴いていると､音楽と風景がﾏｯﾁして不思議な情感に包まれたものである｡まるで映画の1シーンにいるような錯覚に捕らわれた｡
その後､MDなるものが出現し､ほどなくiPODの時代になる｡信じられない科学の進化だ｡もう､機械の構造なんて皆目分からなくなってしまった｡
私は矢沢永吉の大ﾌｧﾝだ｡
だが､私にとって矢沢さんは夢であるだけでなく､｢目標｣だった｡それはいまも変わらない｡だからだろうか…｡気が滅入ったときや寂しいとき､私は矢沢さんの歌が聴けない｡ｴﾈﾙｷﾞｰが充満し､｢やってやるぞ!｣というときに､矢沢さんの歌が私を後押ししてくれる｡そして矢沢さんは気軽に聞ける存在ではない｡決意のもとに私は集中して矢沢さんの歌に耳を傾ける｡
特に矢沢さんのｺﾝｻｰﾄは凄い｡会場前､超満員の日本武道館｡観客たちのﾊﾟﾌｫｰﾏﾝｽは楽しく盛り上がる｡そして矢沢さんが登場すると歓声は超ﾄﾞ級の嵐になる｡だが､観客のしつけはいい｡矢沢さんの静かなﾊﾞﾗｰﾄﾞのｲﾝﾄﾛが流れると観客はみんな静かに着席して音に聞きほれる｡そして矢沢さんのプロたる所以は､ｺﾝｻｰﾄでもﾚｺｰﾄﾞそっくり､全く歌唱力は衰えないどころかより冴え渡る｡こんなﾐｭｰｼﾞｼｬﾝは古今東西､ﾄﾑｼﾞｮｰﾝｽﾞくらいしか知らない｡
武道館ｺﾝｻｰﾄが終わると､しばしの余韻のあとにどうしようもないｴﾈﾙｷﾞｰが腹の底から沸き上がってくる｡男､60を前にしてｼｬｳﾄする姿を見るだけで､頑張るきもちが沸き上がってくる｡
今年暮れの武道館ｺﾝｻｰﾄにはなんとかして塚本佳子を連れていきたい｡最高の矢沢のﾛｯｸを聴かせてやりたいのだ｡
ところで､私はﾋﾞｰﾄﾙｽﾞやﾛｰﾘﾝｸﾞｽﾄｰﾝｽﾞは殆ど聴かない｡昔､嫌というほど聴いたからだ｡年がら年中聴いていて飽きた｡
ﾂｪｯﾍﾟﾘﾝやﾊﾟｰﾌﾟﾙ､ﾛｯﾄﾞｽﾁｭﾜｰﾄ､ｷｯｽ､Tﾚｯｸｽ､ﾃﾞﾋﾞｯﾄﾞﾎﾞｳｲ､ｴｱﾛｽﾐｽなどのﾊｰﾄﾞﾛｯｸも気持ちにゆとりがないと､なかなか聴く気にならない｡EL&P､ｷﾝｸﾞｸﾘﾑｿﾞﾝ､ﾋﾟﾝｸﾌﾛｲﾄﾞなどのﾌﾟﾛｸﾞﾚｯｼﾌﾞも集中力が必要なので余裕がないと聴けない｡
何故かﾎﾞﾌﾞﾃﾞｨﾗﾝとｽﾌﾟﾘﾝｸﾞｽﾃｨｰﾝは物思いに耽っているときに合う｡ある面､ｴﾙﾄﾝｼﾞｮﾝ､ｻｲﾓﾝ&ｶﾞｰﾌｧﾝｸﾙ､ﾌﾘｰﾄﾞｳｯﾄﾞﾏｯｸなどは私にとって癒やしの音楽である｡
このように､私は時と場合によって聴く､いや聴きたい音楽が変化する｡
ちなみに私は､音楽を聴く際､他のことは一切しない｡ひたすら音楽に集中する｡先日､実家に帰ったとき､母親は笑いながら言った｡
｢一志は暇さえあれば音楽を聴くかｷﾞﾀｰを弾いていた｡ｽﾃﾚｵの前に正座して､まるでお坊さんのお経でも聞いているようだったね｣
1990年前後､夢現舎を設立して四苦八苦､東奔西走していた頃だけ､私には音楽的空白期がある｡それまでは日常的に音楽に接していたが､さすがにそれどころではなかった｡私が再び音楽を聴き始めるのは2000年前頃からだ｡
相変わらず､矢沢さんは前線を走り続けていた｡
1990年前後に｢生まれ変わった｣長渕剛も40の坂を下りながらもﾒｯｾｰｼﾞ色の強い歌で存在感を示していた｡ただ長渕の大作志向や､あの1980代半ばから変わった萩原健一の影響力の強い､そしてもとはｶﾞﾘｶﾞﾘｽﾘﾑが極真空手の真似事やって筋肉質の体を露出し､背伸びするようにｶﾞﾅﾘ立てる歌唱方は､否定しないが聴いているとだんだん息が詰まってくる｡どうしても長渕にはﾁﾝﾋﾟﾗのｲﾒｰｼﾞが抜けない｡それ以上のBIGにはほど遠いｲﾒｰｼﾞが染み付いている｡
高校･大学が大全盛でよく聴いていた吉田拓郎は急激に存在感が薄くなっていた｡一時､ｼﾞｬﾆｰｽﾞ系のｱｲﾄﾞﾙ番組に出ていたが､このときの拓郎を見て､私は無性に寂しい気持ちになった｡
私はもともと井上陽水派だったのだが､近年の意味不明の歌詞でCMに登場する彼に私はｳﾝｻﾞﾘした｡陽水は奥田民生とｼｮｲﾝﾄやってればいいんじゃない…｡陽水には既に昔の陽水らしい面影がない｡
｢それにしても､とうとう拓郎もﾒﾃﾞｨｱの前に屈したか…｣
その頃から私は拓郎への興味を失った｡ｾｯｼｮﾝも高中正義とかｱﾙﾌｲｰとか気の合う仲間とだけやる｡ところが高中は一流のギタリストだが､拓郎の歌には絶対に合わない｡要は拓郎は｢音｣や｢ｻｳﾝﾄﾞ｣よりも仲間との気持ちいいｾｯｼｮﾝしたいだけなのだと思った｡自分が求める音を徹底的に追求し､場合によればﾐﾕｰｼﾜｼｬﾝを変える矢沢さんのｽﾄｲｯｸさとは正反対位置にいる拓郎が嫌になってきた｡
拓郎も南こうせつや泉谷しげるのようにﾐｭｰｼﾞｼｬﾝとして過去の人となったか…｡もうﾅﾂﾒﾛの人か｡昨年､吉田拓郎はかぐや姫と一緒に屋外ｺﾝｻｰﾄを行った｡勿論私には関係のないことだった｡
ところがである｡
最近､ﾄﾗﾌﾞﾙ続きでうんざりすることの多い私は､ﾌｯと最近の拓郎を聴いてみようと思った｡
拓郎は私にとって不思議なﾐｭｰｼﾞｼｬﾝだった｡年齢的に1回りくらい違うという理由もあるのかもしれない｡
吉田拓郎がﾃﾞﾋﾞｭｰしたのは私が中学生になった頃だった｡次々とﾋｯﾄが生まれた｡ﾗｼﾞｵを通して私も聴くのだが､なかなか｢歌の世界｣に入っていけなかった｡｢う〜ん｡いい歌なんだろうな｣程度の気持ちだ｡
ところが､それから10年近く経ち､大学生になってから当時の曲を聴くと､たちどころに拓郎の｢魂｣が心のなかに染み通ってくる｡
私は思った｡吉田拓郎というﾐｭｰｼﾞｼｬﾝは常に｢いまの自分｣を｢等身大の自分｣を歌っているのかもしれないと｡
それから私は､意識して拓郎が私と同年代頃に作った歌を聴くようになった｡すると同じﾗﾌﾞｿﾝｸﾞでも明らかに何かが違う｡だから､今回も私は1990年代後半の拓郎を聴いてみようと思ったのである｡
よかった…｡涙が出るほどよかった｡
矢沢さんとは対照的だが､長渕のような意気がりもない｡自然でｼﾞﾜｰっと心が熱くなる｡
吉田拓郎は止まってはいなかった｡彼なりのｽﾋﾟｰﾄﾞとﾍﾟｰｽで着実にいまも進んでいるのだ｡
こうして､私はいま毎日､吉田拓郎を聴き続けている｡そして彼の歌を通じて｢人生｣を考えている｡例えば次のような歌だ｡
《家へ帰ろう》
この道は何処まで続いてるのだろう
少しだけ疲れてるよな気分
風のなか､心しみじみ揺れて
雨に打たれ､胸は痛んでないか
優しい心､今日も変わることはなく
愛する気持ち､溢れるばかりあって
本当に好きだったものがある
受け止めることのできないこともある
家へ帰ろう
家へ帰ろう
この道をまっすぐ家へ帰ろう
家へ帰ろう
家へ帰ろう
大切なものを見えなくなってしまいそう
いらないものも分からなくなってくる
あとどれくらい幸せが必要なの
不幸な話､いくつ重ねればいい
理由なく､涙出てきそうだから
知らぬ間に拳握っているから
家へ帰ろう
家へ帰ろう
この道をまっすぐ家へ帰ろう
家へ帰ろう
家へ帰ろう
逢いたい人の笑顔が呼び掛けてくる
思い出たちが止まることなく浮かぶ
いま僕は何を我慢してるんだろう
誰のため､心乱してるんだろう
家へ帰ろう
家へ帰ろう
この道をまっすぐ家へ帰ろう
《言葉》
電話の声は囁きまじり
ごめん､起こしてしまったんだね
いま､他愛ないやりとりのあと
僕はひとこと､闇に浮かべた
｢あいしてる｣
月並みすぎるひとことだけど
他にどうにも言い方がない
静けさのあと､驚くきみが
時を両手でもてあましている
｢あいしてる｣
そう､3か月悩んできたよ
そして最後の3日は苦しみ
心の奥の暗い迷路で
たった5文字の道しるべ見た
｢あいしてる｣
きみは未来を怖がっているし
僕は過去へと縛られている
こんな何処にも転がっている
言葉がいちばん重いだなんて
｢あいしてる｣
預かっとくって､そういうんだね
僕の言葉を鳥かごに入れちまって
そうさ君の部屋のｶﾞﾗｽ箱に入れて､ゆっくり眺めているんだね
｢あいしてる｣
怖い言葉をいってしまった
もう友だちでいられないんだよ
人生さえも塗り替えるほど
怖い言葉をいってしまった
｢あいしてる｣
(了)
最近､何故だか分からないのだが吉田拓郎の歌ばかり聴いている｡
私は就寝前､必ずのようにiPODを聴く習慣がある｡ｲﾔﾎﾝも､性能では若干劣るiPOD専用のものではなく､わざわざ高性能の商品を購入した｡
思えば昔､昔の70年代…｡私たちは片耳専用のｲﾔﾎﾝでﾗｼﾞｵから流れる音楽を貪り聴いたものだ｡ｶｾｯﾄﾃｰﾌﾟが開発され､｢ﾗｼﾞｶｾ｣と呼ばれる再生機が商品化されると､音楽はより身近なものになった(もっとも私は家が貧乏で､大学に入ってｱﾙﾊﾞｲﾄの給料で買うまでﾗｼﾞｶｾには縁がなかったが…)｡
大学1年の頃だった｡ｿﾆｰからｳｫｰｸﾏﾝが発売された｡これは音楽ﾌｧﾝにとって｢革命｣といえるものだった｡好きな音楽がいつでもどこでも聴くことが出来るなんて､まるで夢のようだった｡
私は空手の稽古以外の時間を殆どﾊﾞｲﾄにあてて銭を稼いだ｡それで買ったのが｢ｳｫｰｷｰ｣という､ｳｫｰｸﾏﾝの後発商品だった｡ただ､何故ｳｫｰｸﾏﾝを買わなかったかといえば､大した理由はない｡特別ｳｫｰｷｰが安かった記憶はない｡
私は元々､No.1企業が好きではなかった｡No.1企業にはなんとなく｢傲慢｣な匂いを感じたがらである｡
ｳｨｽｷｰはｻﾝﾄﾘｰは絶対に買わず､ひたすらﾆｯｶかｵｰｼｬﾝを飲み続けた｡ﾋﾞｰﾙもｷﾘﾝは飲まなかった｡当時､弱小にしていつ潰れるか分からないといわれていたｱｻﾋを好んだ(私は学生時代､急性ｱﾙｺｰﾙ中毒で死ぬ一歩手前になるまでは毎日欠かさず酒を飲んでいた｡いまは飲まないが)｡
ｶﾚｰﾙｰもﾊｳｽは買わずS&Bと決めていた｡腕時計はｾｲｺｰではなくｼﾁｽﾞﾝを選んだ｡ｶｯﾌﾟﾗｰﾒﾝもｶｯﾌﾟﾇｰﾄﾞﾙではなくﾏﾙﾁｬﾝや明星のｶｯﾌﾟﾒﾝを食べるし､即席ﾗｰﾒﾝも絶対ﾊｳｽや日清は食べない｡ｶｯﾌﾟｳﾄﾞﾝもどん兵衛は無視!? 赤いｷﾂﾈを選ぶ｡だからｺｶｺｰﾗはいまも好きではない｡ｺｰﾗを飲むならﾍﾟﾌﾟｼを飲む｡昔､ｺｶｺｰﾗから出ていたﾌｧﾝﾀの対抗商品として､ﾍﾟﾌﾟｼからﾐﾘﾝﾀﾞという清涼飲用水が発売されていた｡私はﾌｧﾝﾀは決して手にしなかった｡ﾐﾘﾝﾀﾞばかり飲んでいた(だが､最近ﾐﾘﾝﾀﾞはどこにも売っていない)｡
また､私は行列ができるような超有名店には絶対に入らない｡緊張しながらﾗｰﾒﾝなど食べるもんじゃない｡銀座だか浅草の高級寿司屋にいくならば私は迷わず回転寿司で結構!
とにかく私は業界ﾄｯﾌﾟの企業とか超一流を気取る店に何故か嫌悪感までも抱いている｡
話がそれた｡
音響機器といえばｿﾆｰがお決まりだった時代､私は持ち前のひねくれ心からｿﾆｰを敬遠し､東芝のｳｫｰｷｰを選んだのである｡
いま考えれば､意外にﾃﾞｶｲ商品だった｡風呂で体を洗うｽﾎﾟﾝｼﾞくらいはあったのではないか｡それでも､あの頃は夢の機械だった｡
私はｳｫｰｷｰを空手の帯に挟んでよくﾗﾝﾆﾝｸﾞした｡いつも手で押さえてないとﾌﾗﾌﾗするし音も歪んだ｡それでも電車のなかで聴いていると､音楽と風景がﾏｯﾁして不思議な情感に包まれたものである｡まるで映画の1シーンにいるような錯覚に捕らわれた｡
その後､MDなるものが出現し､ほどなくiPODの時代になる｡信じられない科学の進化だ｡もう､機械の構造なんて皆目分からなくなってしまった｡
私は矢沢永吉の大ﾌｧﾝだ｡
だが､私にとって矢沢さんは夢であるだけでなく､｢目標｣だった｡それはいまも変わらない｡だからだろうか…｡気が滅入ったときや寂しいとき､私は矢沢さんの歌が聴けない｡ｴﾈﾙｷﾞｰが充満し､｢やってやるぞ!｣というときに､矢沢さんの歌が私を後押ししてくれる｡そして矢沢さんは気軽に聞ける存在ではない｡決意のもとに私は集中して矢沢さんの歌に耳を傾ける｡
特に矢沢さんのｺﾝｻｰﾄは凄い｡会場前､超満員の日本武道館｡観客たちのﾊﾟﾌｫｰﾏﾝｽは楽しく盛り上がる｡そして矢沢さんが登場すると歓声は超ﾄﾞ級の嵐になる｡だが､観客のしつけはいい｡矢沢さんの静かなﾊﾞﾗｰﾄﾞのｲﾝﾄﾛが流れると観客はみんな静かに着席して音に聞きほれる｡そして矢沢さんのプロたる所以は､ｺﾝｻｰﾄでもﾚｺｰﾄﾞそっくり､全く歌唱力は衰えないどころかより冴え渡る｡こんなﾐｭｰｼﾞｼｬﾝは古今東西､ﾄﾑｼﾞｮｰﾝｽﾞくらいしか知らない｡
武道館ｺﾝｻｰﾄが終わると､しばしの余韻のあとにどうしようもないｴﾈﾙｷﾞｰが腹の底から沸き上がってくる｡男､60を前にしてｼｬｳﾄする姿を見るだけで､頑張るきもちが沸き上がってくる｡
今年暮れの武道館ｺﾝｻｰﾄにはなんとかして塚本佳子を連れていきたい｡最高の矢沢のﾛｯｸを聴かせてやりたいのだ｡
ところで､私はﾋﾞｰﾄﾙｽﾞやﾛｰﾘﾝｸﾞｽﾄｰﾝｽﾞは殆ど聴かない｡昔､嫌というほど聴いたからだ｡年がら年中聴いていて飽きた｡
ﾂｪｯﾍﾟﾘﾝやﾊﾟｰﾌﾟﾙ､ﾛｯﾄﾞｽﾁｭﾜｰﾄ､ｷｯｽ､Tﾚｯｸｽ､ﾃﾞﾋﾞｯﾄﾞﾎﾞｳｲ､ｴｱﾛｽﾐｽなどのﾊｰﾄﾞﾛｯｸも気持ちにゆとりがないと､なかなか聴く気にならない｡EL&P､ｷﾝｸﾞｸﾘﾑｿﾞﾝ､ﾋﾟﾝｸﾌﾛｲﾄﾞなどのﾌﾟﾛｸﾞﾚｯｼﾌﾞも集中力が必要なので余裕がないと聴けない｡
何故かﾎﾞﾌﾞﾃﾞｨﾗﾝとｽﾌﾟﾘﾝｸﾞｽﾃｨｰﾝは物思いに耽っているときに合う｡ある面､ｴﾙﾄﾝｼﾞｮﾝ､ｻｲﾓﾝ&ｶﾞｰﾌｧﾝｸﾙ､ﾌﾘｰﾄﾞｳｯﾄﾞﾏｯｸなどは私にとって癒やしの音楽である｡
このように､私は時と場合によって聴く､いや聴きたい音楽が変化する｡
ちなみに私は､音楽を聴く際､他のことは一切しない｡ひたすら音楽に集中する｡先日､実家に帰ったとき､母親は笑いながら言った｡
｢一志は暇さえあれば音楽を聴くかｷﾞﾀｰを弾いていた｡ｽﾃﾚｵの前に正座して､まるでお坊さんのお経でも聞いているようだったね｣
1990年前後､夢現舎を設立して四苦八苦､東奔西走していた頃だけ､私には音楽的空白期がある｡それまでは日常的に音楽に接していたが､さすがにそれどころではなかった｡私が再び音楽を聴き始めるのは2000年前頃からだ｡
相変わらず､矢沢さんは前線を走り続けていた｡
1990年前後に｢生まれ変わった｣長渕剛も40の坂を下りながらもﾒｯｾｰｼﾞ色の強い歌で存在感を示していた｡ただ長渕の大作志向や､あの1980代半ばから変わった萩原健一の影響力の強い､そしてもとはｶﾞﾘｶﾞﾘｽﾘﾑが極真空手の真似事やって筋肉質の体を露出し､背伸びするようにｶﾞﾅﾘ立てる歌唱方は､否定しないが聴いているとだんだん息が詰まってくる｡どうしても長渕にはﾁﾝﾋﾟﾗのｲﾒｰｼﾞが抜けない｡それ以上のBIGにはほど遠いｲﾒｰｼﾞが染み付いている｡
高校･大学が大全盛でよく聴いていた吉田拓郎は急激に存在感が薄くなっていた｡一時､ｼﾞｬﾆｰｽﾞ系のｱｲﾄﾞﾙ番組に出ていたが､このときの拓郎を見て､私は無性に寂しい気持ちになった｡
私はもともと井上陽水派だったのだが､近年の意味不明の歌詞でCMに登場する彼に私はｳﾝｻﾞﾘした｡陽水は奥田民生とｼｮｲﾝﾄやってればいいんじゃない…｡陽水には既に昔の陽水らしい面影がない｡
｢それにしても､とうとう拓郎もﾒﾃﾞｨｱの前に屈したか…｣
その頃から私は拓郎への興味を失った｡ｾｯｼｮﾝも高中正義とかｱﾙﾌｲｰとか気の合う仲間とだけやる｡ところが高中は一流のギタリストだが､拓郎の歌には絶対に合わない｡要は拓郎は｢音｣や｢ｻｳﾝﾄﾞ｣よりも仲間との気持ちいいｾｯｼｮﾝしたいだけなのだと思った｡自分が求める音を徹底的に追求し､場合によればﾐﾕｰｼﾜｼｬﾝを変える矢沢さんのｽﾄｲｯｸさとは正反対位置にいる拓郎が嫌になってきた｡
拓郎も南こうせつや泉谷しげるのようにﾐｭｰｼﾞｼｬﾝとして過去の人となったか…｡もうﾅﾂﾒﾛの人か｡昨年､吉田拓郎はかぐや姫と一緒に屋外ｺﾝｻｰﾄを行った｡勿論私には関係のないことだった｡
ところがである｡
最近､ﾄﾗﾌﾞﾙ続きでうんざりすることの多い私は､ﾌｯと最近の拓郎を聴いてみようと思った｡
拓郎は私にとって不思議なﾐｭｰｼﾞｼｬﾝだった｡年齢的に1回りくらい違うという理由もあるのかもしれない｡
吉田拓郎がﾃﾞﾋﾞｭｰしたのは私が中学生になった頃だった｡次々とﾋｯﾄが生まれた｡ﾗｼﾞｵを通して私も聴くのだが､なかなか｢歌の世界｣に入っていけなかった｡｢う〜ん｡いい歌なんだろうな｣程度の気持ちだ｡
ところが､それから10年近く経ち､大学生になってから当時の曲を聴くと､たちどころに拓郎の｢魂｣が心のなかに染み通ってくる｡
私は思った｡吉田拓郎というﾐｭｰｼﾞｼｬﾝは常に｢いまの自分｣を｢等身大の自分｣を歌っているのかもしれないと｡
それから私は､意識して拓郎が私と同年代頃に作った歌を聴くようになった｡すると同じﾗﾌﾞｿﾝｸﾞでも明らかに何かが違う｡だから､今回も私は1990年代後半の拓郎を聴いてみようと思ったのである｡
よかった…｡涙が出るほどよかった｡
矢沢さんとは対照的だが､長渕のような意気がりもない｡自然でｼﾞﾜｰっと心が熱くなる｡
吉田拓郎は止まってはいなかった｡彼なりのｽﾋﾟｰﾄﾞとﾍﾟｰｽで着実にいまも進んでいるのだ｡
こうして､私はいま毎日､吉田拓郎を聴き続けている｡そして彼の歌を通じて｢人生｣を考えている｡例えば次のような歌だ｡
《家へ帰ろう》
この道は何処まで続いてるのだろう
少しだけ疲れてるよな気分
風のなか､心しみじみ揺れて
雨に打たれ､胸は痛んでないか
優しい心､今日も変わることはなく
愛する気持ち､溢れるばかりあって
本当に好きだったものがある
受け止めることのできないこともある
家へ帰ろう
家へ帰ろう
この道をまっすぐ家へ帰ろう
家へ帰ろう
家へ帰ろう
大切なものを見えなくなってしまいそう
いらないものも分からなくなってくる
あとどれくらい幸せが必要なの
不幸な話､いくつ重ねればいい
理由なく､涙出てきそうだから
知らぬ間に拳握っているから
家へ帰ろう
家へ帰ろう
この道をまっすぐ家へ帰ろう
家へ帰ろう
家へ帰ろう
逢いたい人の笑顔が呼び掛けてくる
思い出たちが止まることなく浮かぶ
いま僕は何を我慢してるんだろう
誰のため､心乱してるんだろう
家へ帰ろう
家へ帰ろう
この道をまっすぐ家へ帰ろう
《言葉》
電話の声は囁きまじり
ごめん､起こしてしまったんだね
いま､他愛ないやりとりのあと
僕はひとこと､闇に浮かべた
｢あいしてる｣
月並みすぎるひとことだけど
他にどうにも言い方がない
静けさのあと､驚くきみが
時を両手でもてあましている
｢あいしてる｣
そう､3か月悩んできたよ
そして最後の3日は苦しみ
心の奥の暗い迷路で
たった5文字の道しるべ見た
｢あいしてる｣
きみは未来を怖がっているし
僕は過去へと縛られている
こんな何処にも転がっている
言葉がいちばん重いだなんて
｢あいしてる｣
預かっとくって､そういうんだね
僕の言葉を鳥かごに入れちまって
そうさ君の部屋のｶﾞﾗｽ箱に入れて､ゆっくり眺めているんだね
｢あいしてる｣
怖い言葉をいってしまった
もう友だちでいられないんだよ
人生さえも塗り替えるほど
怖い言葉をいってしまった
｢あいしてる｣
(了)
2007年09月25日
特別編/芦原英幸と芦原空手(2)《未公開写真入り》
芦原英幸と芦原空手(2)
※芦原英幸が愛用した手裏剣
●芦原空手の型
ここで芦原会館の型について言及してみたい｡
芦原会館では2種類の型を指導するｼｽﾃﾑを採っている｡ひとつは従来の古典的な型である｡｢平安｣｢太極｣といった伝統型のﾙｰﾂは沖縄以前､つまり中国大陸で誕生した武術にある｡空手にしろ中国拳法にしろ､それらの格闘技を学ぶにあたって最も基本的な要素(体の運用法､呼吸法､体重移動など)の動きを習得することを目的とし､一連の攻防の動きを何行程かにまとめたものが型である｡
型は､中国から沖縄に伝わり､さらに本土に入るにおよび､剛柔流や松濤館､糸東流といった流派ごと新たに体系作られた｡芦原会館の母体である極真会館が採用している型は､かつて創始者の大山倍達が学んだ松濤館と剛柔流の型が原型である｡芦原会館も､極真会館同様これらの型を稽古のなかに取り入れている｡その目的は､繰り返すのがあくまでも空手の基本となる体全体の運用法を身に付けるためだといえる｡
一方で､芦原会館にはもうひとつ独自の型が存在する｡
それは､いわば実戦の型ともいえるもので､組手(実戦)の攻防を想定し､そのなかで最も基本かつ重要となる局面における攻撃や防御､ｽﾃｯﾌﾟなどを一連の連続動作としてまとめたものである｡簡単にいえば｢複合的なｺﾝﾋﾞﾈｰｼｮﾝ｣もしくは｢ｼｬﾄﾞｰﾄﾚｰﾆﾝｸﾞのﾊﾟﾀｰﾝ化｣したものといってもいいだろう｡この型によって､道場生たちはたったひとりでも実戦を想定した､より合理的な攻防のﾊﾟﾀｰﾝを身に付けることが可能になる｡
最後になったが､芦原会館の特徴ともいえる｢投げ技｣について触れておきたい｡芦原会館では､ｻﾊﾞｷの一貫として投げを導入している｡敵の攻撃をやり過ごし､死角から反撃した後､相手を投げつけることによって勝負は確実に完結する｡その意味で､打撃から投げ､そしてﾄﾄﾞﾒという一連の動きは実戦においてはきわめて重要だと思われる｡
芦原会館の投げの特徴は､柔道やﾚｽﾘﾝｸﾞのように正面から組み合うものではなく､敵の死角に入り､または敵が攻撃によって体勢を崩した一瞬を狙って投げるという､ある意味では合気道や古流柔術に通じるﾒｶﾆｽﾞﾑを持っている｡
この投げの練習も､ｽﾃｯﾌﾟﾜｰｸ同様､いくつもの段階に分かれ､合理的にﾏｽﾀｰ出来るようになっている｡
私が､｢芦原会館こそが､現在最も進化した実戦空手である｣と断言する､その意味がこれで少しは理解出来るのではないだろうか｡
●人間･芦原英幸
私が過去､武道･格闘技の実践者といわれる人たちと接した数は選手を含めるならば数百はくだらないだろう｡しかし､そんな膨大な数の出会いを経ながらも､心底､素晴らしいとか凄いと実感した人間の数はそう多くはない｡ましてや､その背後に後光を感じたりするほどの達人､名人といえる人間は5本の指に余る程度に過ぎない｡
芦原英幸は､そのきわめて数少ない達人､名人のひとりである｡というよりも､私がこれまで出会った武道家･格闘家のなかで､芦原英幸こそが第1級､最高の男だった｡
達人･名人ｸﾗｽの武道家といえば合気道の塩田剛三や極真会館創設者である大山倍達の名前が頭に浮かぶ｡だが､芦原英幸という人間が放つ光は彼らを遥かに凌ぐ眩しさに満ちていた｡
ただ､その光は単に美しいだけではない｡ある意味で生々しく､どこか無頼的な､そして悪漢の臭いを漂わせる危険な光でもあった｡芦原という人間に接しただけで､彼を包み込む圧倒的な鋭い空気に飲まれてしまう｡たとえるならば､芦原が放つ光は名刀の刃に似ていた｡
以前､私は名刀として国宝級の価値を持つ｢長曾禰虎徹｣を見る機会があった｡虎徹といえば､あの新撰組局長､近藤勇の愛刀として知られるが､私は虎徹の刃を見て息を飲んだのを覚えている｡それは実に不思議な輝きを放っていた｡ｷﾗｷﾗと輝くその奥に､まるで底無し沼に引きずり込まれるような危うくｷﾅ臭いﾇﾗﾇﾗとした光が潜んでいた｡私は幼少期から何振りもの日本刀や長ﾄﾞｽと呼ばれる脇差しを見てきたが､あのような輝きを放つ刀を見たことがない｡
芦原が放つ輝きも虎徹の刃にきわめて近かった｡
ところで､芦原は毀誉褒貶がきわめて激しい人物であるということもまた事実である｡むしろ武道関係者､特に極真空手関係者の間では､芦原という人間に対する評価は決して芳しくはない｡しかし､私はここで断言しておきたい｡芦原に対するほとんどの誹謗や中傷は､彼に対する嫉妬から生まれているということである｡
芦原が大山倍達の弟子であり､極真会館の興隆期における重鎮であったことは広く知られている｡しかし芦原は､当時から極真会館内で異彩を放っていた｡空 手の技量はもちろんのことながら､天性の明るさを持った芦原の人間的魅力｡それ故､当時､大人気を博していた劇画『空手ﾊﾞｶ一代』において主役級で扱われたり､本来の主役である大山倍達を凌駕する程の注目を一身に浴びることになった｡それでいて､根っからの｢一匹狼｣で組織に馴染むことを潔しとしない芦原を､周囲の人たちが快く思わなかったことは容易に想像出来るだろう｡
第一､芦原の師である大山でさえ芦原に嫉妬した｡大山の生前､私彼と千葉のある旅館で何泊か一緒に過ごしたことがある｡その折､風呂に浸かりながら､大山がこう語ったのを覚えている｡
｢『空手ﾊﾞｶ一代』は私が主人公で始まったんです｡梶原(一騎)先生が大山の半生を書かせてほしいということで了解したのだから｡それがいつのまにか芦原が主人公になっちゃった｡そうすると､極真には大山と芦原という2人の親玉がいることになるでしょう｡第一､周りの連中には芦原を持ち上げる者が増えていくし､芦原派のようなものが出来上がっていくんだから｡芦原も梶原先生に擦り寄ってうまくやったと､私は正直いって面白くなかったです｣
しかし大山は､こういいながらも次のように付け加えた｡
｢もっとも､いま考えてみれば芦原が(極真会館に)いればよかったなと思うことはあります｡いま残っている連中は､ｻﾗﾘｰﾏﾝというかあまりに従順すぎて､骨のある人間がほとんどいなくなってしまった｡昔は､そんな人間がいっぱいいた｡すべて私の不徳のいたすところではあるのですが……｡芦原のように強くて無茶苦茶で喧嘩っ早い男が私の近くにいてくれたらと､いまさらながら思うことはあります｣
極真会館時代における空手家としての芦原の武勇談は少なくない｡実際､それらの武勇談を裏付ける証言を､私は多くの関係者から収集してきた｡しかし､ここでそれらの武勇談を書くにはあまりに生々しく､時期尚早だと思うので割愛する｡
ただ繰り返すが､芦原の武勇談も含め､芦原という人間が有する圧倒的な輝きが､彼に対する嫉妬を呼んできたことは事実だろう｡芦原に対する激しい毀誉褒貶は､逆説的にいえば芦原という人間の凄さの証明といえると私は理解している｡
実際､私が直に接した芦原は言葉では表せないほど魅力に富んだ男だった｡話し好きな芦原は次から次と豊富な話題でまくしたてるように話した｡まさに天衣無縫､豪快で陽気で､粗暴ささえ感じさせる一方で､実に繊細で天性のｸﾚﾊﾞｰさを有してもいた｡
私は初めて芦原に出会い､一瞬にして芦原の虜となった｡もちろん芦原も人間である｡人間である以上､長所も短所もあるのは当然だ｡しかし芦原の場合は､その短所でさえ長所に感じさせてしまう独特の魅力があったように思う｡少なくとも､私は芦原ほど眩しい男を見たことがないし､多分これからも会うことは ないだろう｡
(了)
｢格闘技総合ﾄﾚｰﾆﾝｸﾞ｣(新星出版/2000年)からの抜粋(加筆修正あり)
※芦原英幸が愛用した手裏剣
●芦原空手の型
ここで芦原会館の型について言及してみたい｡
芦原会館では2種類の型を指導するｼｽﾃﾑを採っている｡ひとつは従来の古典的な型である｡｢平安｣｢太極｣といった伝統型のﾙｰﾂは沖縄以前､つまり中国大陸で誕生した武術にある｡空手にしろ中国拳法にしろ､それらの格闘技を学ぶにあたって最も基本的な要素(体の運用法､呼吸法､体重移動など)の動きを習得することを目的とし､一連の攻防の動きを何行程かにまとめたものが型である｡
型は､中国から沖縄に伝わり､さらに本土に入るにおよび､剛柔流や松濤館､糸東流といった流派ごと新たに体系作られた｡芦原会館の母体である極真会館が採用している型は､かつて創始者の大山倍達が学んだ松濤館と剛柔流の型が原型である｡芦原会館も､極真会館同様これらの型を稽古のなかに取り入れている｡その目的は､繰り返すのがあくまでも空手の基本となる体全体の運用法を身に付けるためだといえる｡
一方で､芦原会館にはもうひとつ独自の型が存在する｡
それは､いわば実戦の型ともいえるもので､組手(実戦)の攻防を想定し､そのなかで最も基本かつ重要となる局面における攻撃や防御､ｽﾃｯﾌﾟなどを一連の連続動作としてまとめたものである｡簡単にいえば｢複合的なｺﾝﾋﾞﾈｰｼｮﾝ｣もしくは｢ｼｬﾄﾞｰﾄﾚｰﾆﾝｸﾞのﾊﾟﾀｰﾝ化｣したものといってもいいだろう｡この型によって､道場生たちはたったひとりでも実戦を想定した､より合理的な攻防のﾊﾟﾀｰﾝを身に付けることが可能になる｡
最後になったが､芦原会館の特徴ともいえる｢投げ技｣について触れておきたい｡芦原会館では､ｻﾊﾞｷの一貫として投げを導入している｡敵の攻撃をやり過ごし､死角から反撃した後､相手を投げつけることによって勝負は確実に完結する｡その意味で､打撃から投げ､そしてﾄﾄﾞﾒという一連の動きは実戦においてはきわめて重要だと思われる｡
芦原会館の投げの特徴は､柔道やﾚｽﾘﾝｸﾞのように正面から組み合うものではなく､敵の死角に入り､または敵が攻撃によって体勢を崩した一瞬を狙って投げるという､ある意味では合気道や古流柔術に通じるﾒｶﾆｽﾞﾑを持っている｡
この投げの練習も､ｽﾃｯﾌﾟﾜｰｸ同様､いくつもの段階に分かれ､合理的にﾏｽﾀｰ出来るようになっている｡
私が､｢芦原会館こそが､現在最も進化した実戦空手である｣と断言する､その意味がこれで少しは理解出来るのではないだろうか｡
●人間･芦原英幸
私が過去､武道･格闘技の実践者といわれる人たちと接した数は選手を含めるならば数百はくだらないだろう｡しかし､そんな膨大な数の出会いを経ながらも､心底､素晴らしいとか凄いと実感した人間の数はそう多くはない｡ましてや､その背後に後光を感じたりするほどの達人､名人といえる人間は5本の指に余る程度に過ぎない｡
芦原英幸は､そのきわめて数少ない達人､名人のひとりである｡というよりも､私がこれまで出会った武道家･格闘家のなかで､芦原英幸こそが第1級､最高の男だった｡
達人･名人ｸﾗｽの武道家といえば合気道の塩田剛三や極真会館創設者である大山倍達の名前が頭に浮かぶ｡だが､芦原英幸という人間が放つ光は彼らを遥かに凌ぐ眩しさに満ちていた｡
ただ､その光は単に美しいだけではない｡ある意味で生々しく､どこか無頼的な､そして悪漢の臭いを漂わせる危険な光でもあった｡芦原という人間に接しただけで､彼を包み込む圧倒的な鋭い空気に飲まれてしまう｡たとえるならば､芦原が放つ光は名刀の刃に似ていた｡
以前､私は名刀として国宝級の価値を持つ｢長曾禰虎徹｣を見る機会があった｡虎徹といえば､あの新撰組局長､近藤勇の愛刀として知られるが､私は虎徹の刃を見て息を飲んだのを覚えている｡それは実に不思議な輝きを放っていた｡ｷﾗｷﾗと輝くその奥に､まるで底無し沼に引きずり込まれるような危うくｷﾅ臭いﾇﾗﾇﾗとした光が潜んでいた｡私は幼少期から何振りもの日本刀や長ﾄﾞｽと呼ばれる脇差しを見てきたが､あのような輝きを放つ刀を見たことがない｡
芦原が放つ輝きも虎徹の刃にきわめて近かった｡
ところで､芦原は毀誉褒貶がきわめて激しい人物であるということもまた事実である｡むしろ武道関係者､特に極真空手関係者の間では､芦原という人間に対する評価は決して芳しくはない｡しかし､私はここで断言しておきたい｡芦原に対するほとんどの誹謗や中傷は､彼に対する嫉妬から生まれているということである｡
芦原が大山倍達の弟子であり､極真会館の興隆期における重鎮であったことは広く知られている｡しかし芦原は､当時から極真会館内で異彩を放っていた｡空 手の技量はもちろんのことながら､天性の明るさを持った芦原の人間的魅力｡それ故､当時､大人気を博していた劇画『空手ﾊﾞｶ一代』において主役級で扱われたり､本来の主役である大山倍達を凌駕する程の注目を一身に浴びることになった｡それでいて､根っからの｢一匹狼｣で組織に馴染むことを潔しとしない芦原を､周囲の人たちが快く思わなかったことは容易に想像出来るだろう｡
第一､芦原の師である大山でさえ芦原に嫉妬した｡大山の生前､私彼と千葉のある旅館で何泊か一緒に過ごしたことがある｡その折､風呂に浸かりながら､大山がこう語ったのを覚えている｡
｢『空手ﾊﾞｶ一代』は私が主人公で始まったんです｡梶原(一騎)先生が大山の半生を書かせてほしいということで了解したのだから｡それがいつのまにか芦原が主人公になっちゃった｡そうすると､極真には大山と芦原という2人の親玉がいることになるでしょう｡第一､周りの連中には芦原を持ち上げる者が増えていくし､芦原派のようなものが出来上がっていくんだから｡芦原も梶原先生に擦り寄ってうまくやったと､私は正直いって面白くなかったです｣
しかし大山は､こういいながらも次のように付け加えた｡
｢もっとも､いま考えてみれば芦原が(極真会館に)いればよかったなと思うことはあります｡いま残っている連中は､ｻﾗﾘｰﾏﾝというかあまりに従順すぎて､骨のある人間がほとんどいなくなってしまった｡昔は､そんな人間がいっぱいいた｡すべて私の不徳のいたすところではあるのですが……｡芦原のように強くて無茶苦茶で喧嘩っ早い男が私の近くにいてくれたらと､いまさらながら思うことはあります｣
極真会館時代における空手家としての芦原の武勇談は少なくない｡実際､それらの武勇談を裏付ける証言を､私は多くの関係者から収集してきた｡しかし､ここでそれらの武勇談を書くにはあまりに生々しく､時期尚早だと思うので割愛する｡
ただ繰り返すが､芦原の武勇談も含め､芦原という人間が有する圧倒的な輝きが､彼に対する嫉妬を呼んできたことは事実だろう｡芦原に対する激しい毀誉褒貶は､逆説的にいえば芦原という人間の凄さの証明といえると私は理解している｡
実際､私が直に接した芦原は言葉では表せないほど魅力に富んだ男だった｡話し好きな芦原は次から次と豊富な話題でまくしたてるように話した｡まさに天衣無縫､豪快で陽気で､粗暴ささえ感じさせる一方で､実に繊細で天性のｸﾚﾊﾞｰさを有してもいた｡
私は初めて芦原に出会い､一瞬にして芦原の虜となった｡もちろん芦原も人間である｡人間である以上､長所も短所もあるのは当然だ｡しかし芦原の場合は､その短所でさえ長所に感じさせてしまう独特の魅力があったように思う｡少なくとも､私は芦原ほど眩しい男を見たことがないし､多分これからも会うことは ないだろう｡
(了)
｢格闘技総合ﾄﾚｰﾆﾝｸﾞ｣(新星出版/2000年)からの抜粋(加筆修正あり)
2007年09月24日
特別編/芦原英幸と芦原空手(1)《未公開写真入り》
芦原英幸と芦原空手
｢我が父 芦原英幸｣に向けて
●天才! 芦原英幸
空手界で最先端の技術を誇る芦原会館
1980年代初期､空手界は｢直接打撃制(ﾌﾙｺﾝﾀｸﾄ･ﾉｯｸﾀﾞｳﾝﾙｰﾙ)｣を採用する｢実戦空手ﾌﾞｰﾑ｣に湧いていた｡老舗の極真会館はもとより､極真会館から独立した新団体が群雄割拠するなか､独自の活動展開で着実に成長をしていったのが芦原英幸率いる芦原会館だった｡
劇画『空手ﾊﾞｶ一代』でも描かれたように､芦原は極真会館時代から希代の英雄､天才空手家として名を馳せていた｡｢正拳突き｣や｢前蹴り｣といった直線的な攻撃が主流だった極真会館黎明期において､芦原がすでに｢下段蹴り｣や｢後ろ回し蹴り｣といった進化した技術を使いこなしていたことは､よく知られている｡
さらに芦原は｢組手(ｽﾊﾟｰﾘﾝｸﾞ)｣において､相手の死角に入り込み､相手の体勢を崩しながら攻撃を行う斬新な戦法を実践するﾃｸﾆｼｬﾝだった｡そんな芦原が､自らの理想を具現化するために極真会館を離れたことから芦原会館の歴史は始まった｡
芦原会館という新団体を創設する際､芦原は極真会館が採用していた稽古方法や技術を根本から見直し､再構築することから始めた｡｢基本稽古｣｢移動稽古｣､そして｢型｣といった伝統的な稽古法を母体としながらも､芦原はそれらに改良を加え､より実戦的かつ合理的な稽古体系へと再編したのである｡
それまでの空手界には存在しなかった｢ｽﾃｯﾌﾟﾜｰｸ(ﾌｯﾄﾜｰｸ)｣のﾏﾆｭｱﾙ化に始まり､組手を段階別に行う試み､そしてｵﾘｼﾞﾅﾙの型の創作｡これらすべてを芦原は､実戦でこそ真価を発揮する｢ｻﾊﾞｷ｣の習得のために体系立てた｡そして､稽古を積み重ねる事によって､だれもがｻﾊﾞｷを習得出来るような合理的な稽古体系を創り上げることに成功したのである｡
ちなみにｻﾊﾞｷとは､相手の攻撃を最小限の動きでかわし､相手の死角に入ることで反撃に転じる実戦的な技術のことだ｡以来､｢ｻﾊﾞｷ｣は芦原空手の代名詞となる｡
ｻﾊﾞｷという革命的な技術を生み出し､斬新な稽古体系を完成させた芦原も､突然の病に倒れ､1995年に急逝した｡あまりに早い芦原の死は､空手界全体の偉大な財産の損失といえるだろう｡しかし芦原が生涯を懸けて完成させたｻﾊﾞｷは､いまも色褪せることなく2代目館長である芦原英典がさらなる進化を目指している｡
●芦原空手の進化性
競技化を拒むことで進化した空手
生前の芦原は､実戦的な｢ｻﾊﾞｷ｣の技術をそこなわない形で試合を実現させることを､長年にわたって模索し続けていた｡実際､芦原は海外で実験的に大会を開催したこともあった｡しかし存命中､芦原が日本国内で公式に大会を開催することはついになかった｡
なぜ芦原が大会を開催することに慎重な姿勢を崩さなかったのか?
その答えは､生前芦原が語ったｾﾘﾌに隠されている｡
｢空手は相手の攻撃を捌き､相手を制するための武術です｡それがﾙｰﾙという枠のなかで戦う試合では､本来の空手からかけ離れてしまう｡それでは何のための空手かわからない｡だから芦原空手はあくまで実戦─ｽﾄﾘｰﾄﾌｧｲﾄ─で通用する武術としてのｻﾊﾞｷを追究していきます｣
芦原が語っているように､試合を行うということは当然｢ﾙｰﾙ｣という制約のなかで戦うことを意味する｡必然的に､空手本来の姿が歪められるﾘｽｸを負うことになる｡芦原はそのことを危惧していた｡それ故に､芦原は競技化に対して慎重な姿勢を崩さなかったのである｡
その一方で､芦原は競技を拒むことで生じるﾏｲﾅｽ面─つまり､選手が試合で切磋琢磨することで養われる闘争心や､技術の発展性が失われること─もよく心得ていた｡そこで芦原は､稽古をよりｼｽﾃﾏﾃｨｯｸに体系立て､種々の組手方式を採用することによってその弱点を解消しようとしたのである｡
前述したように､芦原はｻﾊﾞｷを攻防動作のなかで学べるように組手を段階別に設けた｡つまり､ｽﾃｯﾌﾟｱｯﾌﾟ方式を組手に導入したのである｡具体的には､初心者は寸止めに近い｢ｽｷﾝｺﾝﾀｸﾄ｣､中級者は｢ﾗｲﾄｺﾝﾀｸﾄ｣､そして上級者は｢ﾌﾙｺﾝﾀｸﾄ｣で組手を行うようにﾏﾆｭｱﾙ化した｡
さらに上級者と下級者の間で組手を行う場合､下級者は全力で攻撃し､上級者はｻﾊﾞｷに専念することも義務付けたのである｡
このようなｽﾃｯﾌﾟｱｯﾌﾟ方式の組手の採用によって､芦原は競技化を否定するﾃﾞﾒﾘｯﾄを克服することに成功した｡同時に､最も進化した稽古体系と技術を持つ実戦空手を完成させたのである｡付け加えるならば､芦原は試合化を決して否定していたわけではない｡以上のような芦原空手の特性を生かせるかたちで､いかにして試合化を図るか､試行錯誤していた事実も忘れてはならない｡
芦原英幸の空手ﾙﾈｯｻﾝｽ
いま思うと､芦原英幸という武道家がいかに天才だったかを私は痛感せざるを得ない｡
芦原といえば｢ｹﾝｶ十段｣という異名に表されるとおり､天衣無縫の強さと武勇談が最初に頭に浮かぶし､その意味で芦原を天才と認める人はきわめて多いはずだ｡しかし､空手家として一世を風靡した芦原が自ら指導者という立場になったとき､どれだけ革命的な偉業を残したかを知る人はあまり多くない｡
芦原は自らの道場｢芦原会館｣を設立した際､極真会館時代のｼｽﾃﾑをすべてにわたって再構築した｡例えば､まず全国に及ぶ支部道場の管轄方法だ｡
極真会館では任命された各支部長が独立採算方式で道場経営に携わるﾌﾗﾝﾁｬｲｽﾞ制を採用している｡しかし芦原は本部直轄による中央集権制に変えた｡これによって､ともすれば各道場ごとに異なる指導方法や指導ﾚﾍﾞﾙの差を解消することに成功した(組織化を完全なものにする前に芦原が倒れたため､現在の芦原会館においては支部運営面での幾つかの課題が残されていることも否定できないが…)｡
また芦原は真っ先に内弟子制度を廃止した｡専属の弟子を職員制度に組み込むことで､古い徒弟制度の弊害をなくした｡さらに練習に関しても､一般の流派では一括して行われている合同稽古(基本稽古､移動稽古､組手など)を細分化し､各練習ごとのｸﾗｽを作って道場生に自主的な選択の自由を与えた｡
以上はほんの一例に過ぎない｡
芦原は何よりも｢伝統｣という言葉で美化されてしまう悪弊や因習を極端に嫌う男だった｡先輩後輩の縦社会､すべて上意下達 の封建的雰囲気を芦原はほとんど憎んでさえいた｡
｢指導者だからといって､なかには自分より年上の人もいる道場生に対し『おい､おまえ』といった言葉遣いは人の道として間違っています｡芦原会館では指 導者も生徒に対して常に敬語を使うように徹底しています｣
この言葉こそが芦原という武道家の心意気を物語っていると思う｡だからこそ､芦原会館は既存の流派とはまったく空気の異なる､そして新しい稽古ｼｽﾃﾑを導入することに成功したのだと私は理解している｡ 続きを読む
｢我が父 芦原英幸｣に向けて
●天才! 芦原英幸
空手界で最先端の技術を誇る芦原会館
1980年代初期､空手界は｢直接打撃制(ﾌﾙｺﾝﾀｸﾄ･ﾉｯｸﾀﾞｳﾝﾙｰﾙ)｣を採用する｢実戦空手ﾌﾞｰﾑ｣に湧いていた｡老舗の極真会館はもとより､極真会館から独立した新団体が群雄割拠するなか､独自の活動展開で着実に成長をしていったのが芦原英幸率いる芦原会館だった｡
劇画『空手ﾊﾞｶ一代』でも描かれたように､芦原は極真会館時代から希代の英雄､天才空手家として名を馳せていた｡｢正拳突き｣や｢前蹴り｣といった直線的な攻撃が主流だった極真会館黎明期において､芦原がすでに｢下段蹴り｣や｢後ろ回し蹴り｣といった進化した技術を使いこなしていたことは､よく知られている｡
さらに芦原は｢組手(ｽﾊﾟｰﾘﾝｸﾞ)｣において､相手の死角に入り込み､相手の体勢を崩しながら攻撃を行う斬新な戦法を実践するﾃｸﾆｼｬﾝだった｡そんな芦原が､自らの理想を具現化するために極真会館を離れたことから芦原会館の歴史は始まった｡
芦原会館という新団体を創設する際､芦原は極真会館が採用していた稽古方法や技術を根本から見直し､再構築することから始めた｡｢基本稽古｣｢移動稽古｣､そして｢型｣といった伝統的な稽古法を母体としながらも､芦原はそれらに改良を加え､より実戦的かつ合理的な稽古体系へと再編したのである｡
それまでの空手界には存在しなかった｢ｽﾃｯﾌﾟﾜｰｸ(ﾌｯﾄﾜｰｸ)｣のﾏﾆｭｱﾙ化に始まり､組手を段階別に行う試み､そしてｵﾘｼﾞﾅﾙの型の創作｡これらすべてを芦原は､実戦でこそ真価を発揮する｢ｻﾊﾞｷ｣の習得のために体系立てた｡そして､稽古を積み重ねる事によって､だれもがｻﾊﾞｷを習得出来るような合理的な稽古体系を創り上げることに成功したのである｡
ちなみにｻﾊﾞｷとは､相手の攻撃を最小限の動きでかわし､相手の死角に入ることで反撃に転じる実戦的な技術のことだ｡以来､｢ｻﾊﾞｷ｣は芦原空手の代名詞となる｡
ｻﾊﾞｷという革命的な技術を生み出し､斬新な稽古体系を完成させた芦原も､突然の病に倒れ､1995年に急逝した｡あまりに早い芦原の死は､空手界全体の偉大な財産の損失といえるだろう｡しかし芦原が生涯を懸けて完成させたｻﾊﾞｷは､いまも色褪せることなく2代目館長である芦原英典がさらなる進化を目指している｡
●芦原空手の進化性
競技化を拒むことで進化した空手
生前の芦原は､実戦的な｢ｻﾊﾞｷ｣の技術をそこなわない形で試合を実現させることを､長年にわたって模索し続けていた｡実際､芦原は海外で実験的に大会を開催したこともあった｡しかし存命中､芦原が日本国内で公式に大会を開催することはついになかった｡
なぜ芦原が大会を開催することに慎重な姿勢を崩さなかったのか?
その答えは､生前芦原が語ったｾﾘﾌに隠されている｡
｢空手は相手の攻撃を捌き､相手を制するための武術です｡それがﾙｰﾙという枠のなかで戦う試合では､本来の空手からかけ離れてしまう｡それでは何のための空手かわからない｡だから芦原空手はあくまで実戦─ｽﾄﾘｰﾄﾌｧｲﾄ─で通用する武術としてのｻﾊﾞｷを追究していきます｣
芦原が語っているように､試合を行うということは当然｢ﾙｰﾙ｣という制約のなかで戦うことを意味する｡必然的に､空手本来の姿が歪められるﾘｽｸを負うことになる｡芦原はそのことを危惧していた｡それ故に､芦原は競技化に対して慎重な姿勢を崩さなかったのである｡
その一方で､芦原は競技を拒むことで生じるﾏｲﾅｽ面─つまり､選手が試合で切磋琢磨することで養われる闘争心や､技術の発展性が失われること─もよく心得ていた｡そこで芦原は､稽古をよりｼｽﾃﾏﾃｨｯｸに体系立て､種々の組手方式を採用することによってその弱点を解消しようとしたのである｡
前述したように､芦原はｻﾊﾞｷを攻防動作のなかで学べるように組手を段階別に設けた｡つまり､ｽﾃｯﾌﾟｱｯﾌﾟ方式を組手に導入したのである｡具体的には､初心者は寸止めに近い｢ｽｷﾝｺﾝﾀｸﾄ｣､中級者は｢ﾗｲﾄｺﾝﾀｸﾄ｣､そして上級者は｢ﾌﾙｺﾝﾀｸﾄ｣で組手を行うようにﾏﾆｭｱﾙ化した｡
さらに上級者と下級者の間で組手を行う場合､下級者は全力で攻撃し､上級者はｻﾊﾞｷに専念することも義務付けたのである｡
このようなｽﾃｯﾌﾟｱｯﾌﾟ方式の組手の採用によって､芦原は競技化を否定するﾃﾞﾒﾘｯﾄを克服することに成功した｡同時に､最も進化した稽古体系と技術を持つ実戦空手を完成させたのである｡付け加えるならば､芦原は試合化を決して否定していたわけではない｡以上のような芦原空手の特性を生かせるかたちで､いかにして試合化を図るか､試行錯誤していた事実も忘れてはならない｡
芦原英幸の空手ﾙﾈｯｻﾝｽ
いま思うと､芦原英幸という武道家がいかに天才だったかを私は痛感せざるを得ない｡
芦原といえば｢ｹﾝｶ十段｣という異名に表されるとおり､天衣無縫の強さと武勇談が最初に頭に浮かぶし､その意味で芦原を天才と認める人はきわめて多いはずだ｡しかし､空手家として一世を風靡した芦原が自ら指導者という立場になったとき､どれだけ革命的な偉業を残したかを知る人はあまり多くない｡
芦原は自らの道場｢芦原会館｣を設立した際､極真会館時代のｼｽﾃﾑをすべてにわたって再構築した｡例えば､まず全国に及ぶ支部道場の管轄方法だ｡
極真会館では任命された各支部長が独立採算方式で道場経営に携わるﾌﾗﾝﾁｬｲｽﾞ制を採用している｡しかし芦原は本部直轄による中央集権制に変えた｡これによって､ともすれば各道場ごとに異なる指導方法や指導ﾚﾍﾞﾙの差を解消することに成功した(組織化を完全なものにする前に芦原が倒れたため､現在の芦原会館においては支部運営面での幾つかの課題が残されていることも否定できないが…)｡
また芦原は真っ先に内弟子制度を廃止した｡専属の弟子を職員制度に組み込むことで､古い徒弟制度の弊害をなくした｡さらに練習に関しても､一般の流派では一括して行われている合同稽古(基本稽古､移動稽古､組手など)を細分化し､各練習ごとのｸﾗｽを作って道場生に自主的な選択の自由を与えた｡
以上はほんの一例に過ぎない｡
芦原は何よりも｢伝統｣という言葉で美化されてしまう悪弊や因習を極端に嫌う男だった｡先輩後輩の縦社会､すべて上意下達 の封建的雰囲気を芦原はほとんど憎んでさえいた｡
｢指導者だからといって､なかには自分より年上の人もいる道場生に対し『おい､おまえ』といった言葉遣いは人の道として間違っています｡芦原会館では指 導者も生徒に対して常に敬語を使うように徹底しています｣
この言葉こそが芦原という武道家の心意気を物語っていると思う｡だからこそ､芦原会館は既存の流派とはまったく空気の異なる､そして新しい稽古ｼｽﾃﾑを導入することに成功したのだと私は理解している｡ 続きを読む
2007年09月18日
連載/｢悪友｣家高康彦の悪口?! (4)〜下駄と｢我がよき友よ｣
●下駄と｢我がよき友よ｣
家高康彦と特に親しくなったのは大学1年の夏休みからだった｡つまり1979年夏のことだ｡
家高は空手歴が長い｡高校時代から極真会館総本部に通い､早稲田に入ったときは既に3級(緑帯)だった｡当時､総本部の緑帯といえば相当なものだった｡大袈裟に言えば､現在の初段程度の実力があったのではないだろうか｡なんといっても､2段の人間が全国で30人くらいしかいなかった時代だ｡
だが､一応ｸﾗﾌﾞ(早稲田大学極真空手同好会)では最初の半年間は白帯を締めるという規則だったので､見た目は私たち初心者と変わらなかった｡だが､例えば組手で家高の蹴りを受けたりすれば､その実力は一目瞭然だった｡
何よりもｽﾋﾟｰﾄﾞと技の｢重さ｣が違う｡特に家高は蹴りが得意だった｡のちに｢ﾌﾞﾗｼﾞﾘｱﾝｷｯｸ｣などと呼ばれる変則回し蹴りを､自ら｢縦蹴り｣などと称して当時から組手で使いこなしていた｡
そんなこともあって､早稲田のｸﾗﾌﾞでは家高だけ特別な存在だった｡さらに家高は人見知りが激しく､特定の気心を通じた人間としか話さない｡元々､無口な方だが､1年の夏までは家高とｸﾗｽﾒｰﾄだった高橋というﾔﾂとだけいつもﾂﾙんでいた｡
私にとって､そんな家高は実に煙たい存在だった｡ところがその年の夏休み､私と家高は急激に親しくなる｡
きっかけはｱﾙﾊﾞｲﾄだった｡早稲田は地方出身者が多く､夏休みなどの長期休暇には大半の学生が帰郷する｡家高のﾂﾚである高橋も田舎に帰ってしまい､夏休みにｸﾗﾌﾞに顔を出して自主ﾄﾚする部員も東京近郊に実家のある者が中心となった｡
私は実家に帰らず､ｱﾙﾊﾞｲﾄをしながら大学で自主ﾄﾚすることに決めていた｡7月のある日､部室で求人雑誌を見ていた私は､四ﾂ谷のﾚｽﾄﾗﾝの募集に目が止まった｡そして､｢誰かﾚｽﾄﾗﾝのﾊﾞｲﾄやる人いない？ ﾒｼ付きだってよ｣と､同じ1年生の仲間に聞いた｡すると意外にも家高が手を上げた…｡
小島｢おまえのことはよ､夏休みまでは大嫌いだったよ｣
家高｢なんでだよ？ 俺は別におまえを嫌いじゃなかったぜ｣
小島｢違うだろ! 眼中になかったんだろうよ｡いつも高橋とﾂﾙんで､大体が集団行動ができねえﾔﾂだったからな｣
家高｢ﾌﾝ｡俺はｼｬｲなんだよ｡でもよ､あれ何といったっけ？ 一緒にﾊﾞｲﾄにいったんだよな｡2ｶ月くらいだっけ｡四ﾂ谷のﾚｽﾄﾗﾝだったべ｣
小島｢ﾛｽｱﾙｺｽだよ｡ﾚｽﾄﾗﾝ西武系列の｡たしか農協ﾋﾞﾙとかそんなﾋﾞﾙの1階だった｣
家高｢そうそう｡あれ､楽しかったな! おまえ､ﾋﾛｺちゃんていう子と付き合っちまったんだ｣
小島｢違う｡付き合ってない｡あの頃は不器用だったけん｡何回かﾃﾞｰﾄしただけやんか｡おまえだって､もう1人の女の子とうまくいきそうになって…ﾌﾗれたやんか｣
家高｢ﾊﾞｶ､だから俺はｼｬｲだったの! おまえみたいに簡単に女の子と仲良くできねえんだよ｣
小島｢違うね｡おまえも絶対､その子に気があったんだ｡ただ､おまえには永遠の憧れだったｶｰﾃﾝさんがいたからだろ｡いっつもｶｰﾃﾝみたいな長いｽｶｰﾄ履いてて､ﾒｰﾃﾙみたいに黒ずくめの年上の女性がよ｡好きで好きで仕方がなくて､とうとうﾛｽｱﾙｺｽの女の子に決められなかったんだ｡相手はおまえに気があったのに｡ｱﾎなﾔﾂじゃけえ､てめえはよ｣
家高｢うるせえな｡それよりよ､あの頃だよな､俺たち､お揃いの下駄買って履いていたの｡あれ､凄い下駄だったな｡懐かしいよ｣
小島｢あれは､おまえが吉田拓郎の『我がよき友よ』に影響されて､一緒に下駄買うべってうるさくて､仕方なく買いにいったんだ｣
家高｢あれよ､たしか巣鴨の下駄屋で買ったんだよな｡なんで巣鴨だったんだっけ？｣
小島｢忘れたよ｡ただ､真っ黒くて､金文字で漢字が入ってた｡肉厚で鼻緒が白くて､ありゃあ素人が履くﾔﾂじゃなかったな｡銭も高かったんだ｣
家高｢そうそう｡おまえの下駄には『豪』って入ってて､俺のには『剛』って書かれてた｡凄い下駄だったよな｡それ履いてﾛｽｱﾙｺｽに通ったんだよ｣
小島｢今考えればｱﾎやん｡電車に乗れば必ず誰かの靴を踏みつけて､ｹﾝｶになるんだ｡ｹﾝｶ誘発用の下駄だった｣
家高｢あの下駄よ､普通のﾔﾂより分厚くて底も高かったじゃん｡高下駄ほどじゃねえけど｡鼻緒が太いから履き心地がよくて､あのまま蹴り入れてもすっぽ抜けなかったな｡回し蹴りがﾋﾞﾝﾋﾞﾝ出たな｣
小島｢とにかく目立った｡しかし今考えれば､よくあんな下駄履いてﾊﾞｲﾄ先まで通っていたな｡恥ずかしいよ｣
家高｢ﾊﾞｶ､おまえはよ､あの下駄履いてﾋﾛｺちゃんとﾃﾞｰﾄしてたんだぞ｡よく嫌がんなかったな､ﾋﾛｺちゃん｣
小島｢内心､嫌がっていたかも知れねえぜ｡でも､あの頃はあれがｶｯｺいいと思い込んでたし､ｹﾝｶの道具に最適だったし…｡要はﾊﾞｶだったんよ､俺たちが｣
家高｢しかし､笑っちゃうよな｡ﾊﾞｲﾄによ地下鉄で通っていたじゃん｡駅は四ﾂ谷三丁目だった｡丸の内線か？ そんで電車が混んでて､電車を降りれば人が一杯いて中々進めなくてよ｡そんで歩いていると､遠くの方から下駄の音がしてくんだ｡ｹﾞｹﾞｹﾞの鬼太郎みたいにｶﾗﾝｺﾛﾝって｡あっ! 小島だって直ぐに分かったもんな｡あれ､相当みんなの顰蹙買っていたぞ｣
小島｢俺は俺でよ､後ろの方から下駄の音がすると､おまえだなって分かったけん｡段々音がでかくなって､しまいにはｶﾗｶﾗｶﾗ!って｡俺を驚かそうとしてたんだ｡でも分かっちゃう｣
家高｢あっ､思い出した｡そんで俺が後ろから驚かそうとしたらおまえ､人混みのなかで突然､後ろ蹴り出しやがったんだ｣
小島｢でも､てめえはよ｡しっかり捌いたやんか｡そんで間違って他のｻﾗﾘｰﾏﾝを蹴っちまったんだ｡あんときﾔﾊﾞかったぞ｡こっちが悪いんだからよ｡逃げた､逃げた｣
家高｢違うね｡相手が文句を言ってきたからおまえはまた横蹴りか何かを入れて､ぶっ倒してから逃げたんじゃねえか｣
小島｢ﾊﾞｶ野郎! 俺じゃねえよ｡おまえが蹴っ飛ばしたんだ｡それから逃げたんじゃねえかよ｣
家高｢そうか？ 俺じゃなくて小島がやったんじゃなかったか｣
小島｢まあ､どっちでもいいよ｡あの夏のﾊﾞｲﾄでも俺たち店で無茶苦茶やったけど…｡たしかに､あの下駄はいい思い出だ｣
家高｢そんでよ｡おまえ覚えてるか？ ﾊﾞｲﾄの後に早稲田にいって自主ﾄﾚするからよ､俺たち､ﾊﾞｯｸﾞのなかにｻﾝﾀﾞﾙ入れていたんだよな｡茶色の便所ｻﾝﾀﾞﾙ｣
小島｢そうだっけ？ そうだよなあ…｡1年坊主があんな下駄履いて部室にいったら先輩に締められるもんなあ｣
家高｢それが､ｶｯｺ悪いんだ｡早稲田の近くまで偉そうに下駄履いて､ｶﾗﾝｺﾛﾝ響かせてよ｡そんで大学の裏口の生け垣のなかに下駄隠してよ｡あんなでかい下駄､ﾊﾞｯｸﾞに入んねえからな｡そんでｻﾝﾀﾞﾙに履き替えて大学に入っていったんだ｣
小島｢ﾊﾞｶだよなあ｡で､先輩に言われたんだ｡『おまえら何故､いつも便所ｻﾝﾀﾞﾙなんか履いて歩いてんだ？』ってよ｡押忍! 押忍! の連発で誤魔化したんだよな｣
家高｢ところがよ､見つかっちまったんだ｡覚えてるか？ 都電通りを2人で歩いていたら､よりによって礼儀にうるさいM先輩に見つかったの？｣
小島｢そういえば…｡ﾔﾊﾞいって思ったんだ｡鉢合わせしたからな｡でもM先輩､あんときは優しかったな｡怒んなかったぞ｣
家高｢そう､粋なこと言われたよな｡『おまえら､我がよき友よを地でいってるな｡ついでにｽﾞﾎﾞﾝに手拭いぶら下げて歩けば』って言われたんだ｡そんで調子に乗って､それから下駄のまま部室にもいくようになって…､最後は痛い目に合うんだ｣
小島｢A先輩にこっぴどく組手でしごかれたっけ｡A先輩､怖かったな｣
家高｢でもよ､A先輩も男だったぜ｡稽古のあとに､『その下駄､俺も欲しいなあ｡どこで買ったんだ？』って訊かれたよな｡A先輩､本当に買ったんだよな｣
小島｢そうだそうだ､そんで金文字がなんと『極』っていうんで大笑いしたんだ｡極真の『極』だもん｡『極』なんて金文字あるの知らなかったよな｣
家高｢本当､拓郎の『我がよき友よ』の世界そのまんま｡よき時代だったと思わねえか？｣
小島｢ﾛｽｱﾙｺｽで好き放題やったしな…｣
(つづく)
家高康彦と特に親しくなったのは大学1年の夏休みからだった｡つまり1979年夏のことだ｡
家高は空手歴が長い｡高校時代から極真会館総本部に通い､早稲田に入ったときは既に3級(緑帯)だった｡当時､総本部の緑帯といえば相当なものだった｡大袈裟に言えば､現在の初段程度の実力があったのではないだろうか｡なんといっても､2段の人間が全国で30人くらいしかいなかった時代だ｡
だが､一応ｸﾗﾌﾞ(早稲田大学極真空手同好会)では最初の半年間は白帯を締めるという規則だったので､見た目は私たち初心者と変わらなかった｡だが､例えば組手で家高の蹴りを受けたりすれば､その実力は一目瞭然だった｡
何よりもｽﾋﾟｰﾄﾞと技の｢重さ｣が違う｡特に家高は蹴りが得意だった｡のちに｢ﾌﾞﾗｼﾞﾘｱﾝｷｯｸ｣などと呼ばれる変則回し蹴りを､自ら｢縦蹴り｣などと称して当時から組手で使いこなしていた｡
そんなこともあって､早稲田のｸﾗﾌﾞでは家高だけ特別な存在だった｡さらに家高は人見知りが激しく､特定の気心を通じた人間としか話さない｡元々､無口な方だが､1年の夏までは家高とｸﾗｽﾒｰﾄだった高橋というﾔﾂとだけいつもﾂﾙんでいた｡
私にとって､そんな家高は実に煙たい存在だった｡ところがその年の夏休み､私と家高は急激に親しくなる｡
きっかけはｱﾙﾊﾞｲﾄだった｡早稲田は地方出身者が多く､夏休みなどの長期休暇には大半の学生が帰郷する｡家高のﾂﾚである高橋も田舎に帰ってしまい､夏休みにｸﾗﾌﾞに顔を出して自主ﾄﾚする部員も東京近郊に実家のある者が中心となった｡
私は実家に帰らず､ｱﾙﾊﾞｲﾄをしながら大学で自主ﾄﾚすることに決めていた｡7月のある日､部室で求人雑誌を見ていた私は､四ﾂ谷のﾚｽﾄﾗﾝの募集に目が止まった｡そして､｢誰かﾚｽﾄﾗﾝのﾊﾞｲﾄやる人いない？ ﾒｼ付きだってよ｣と､同じ1年生の仲間に聞いた｡すると意外にも家高が手を上げた…｡
小島｢おまえのことはよ､夏休みまでは大嫌いだったよ｣
家高｢なんでだよ？ 俺は別におまえを嫌いじゃなかったぜ｣
小島｢違うだろ! 眼中になかったんだろうよ｡いつも高橋とﾂﾙんで､大体が集団行動ができねえﾔﾂだったからな｣
家高｢ﾌﾝ｡俺はｼｬｲなんだよ｡でもよ､あれ何といったっけ？ 一緒にﾊﾞｲﾄにいったんだよな｡2ｶ月くらいだっけ｡四ﾂ谷のﾚｽﾄﾗﾝだったべ｣
小島｢ﾛｽｱﾙｺｽだよ｡ﾚｽﾄﾗﾝ西武系列の｡たしか農協ﾋﾞﾙとかそんなﾋﾞﾙの1階だった｣
家高｢そうそう｡あれ､楽しかったな! おまえ､ﾋﾛｺちゃんていう子と付き合っちまったんだ｣
小島｢違う｡付き合ってない｡あの頃は不器用だったけん｡何回かﾃﾞｰﾄしただけやんか｡おまえだって､もう1人の女の子とうまくいきそうになって…ﾌﾗれたやんか｣
家高｢ﾊﾞｶ､だから俺はｼｬｲだったの! おまえみたいに簡単に女の子と仲良くできねえんだよ｣
小島｢違うね｡おまえも絶対､その子に気があったんだ｡ただ､おまえには永遠の憧れだったｶｰﾃﾝさんがいたからだろ｡いっつもｶｰﾃﾝみたいな長いｽｶｰﾄ履いてて､ﾒｰﾃﾙみたいに黒ずくめの年上の女性がよ｡好きで好きで仕方がなくて､とうとうﾛｽｱﾙｺｽの女の子に決められなかったんだ｡相手はおまえに気があったのに｡ｱﾎなﾔﾂじゃけえ､てめえはよ｣
家高｢うるせえな｡それよりよ､あの頃だよな､俺たち､お揃いの下駄買って履いていたの｡あれ､凄い下駄だったな｡懐かしいよ｣
小島｢あれは､おまえが吉田拓郎の『我がよき友よ』に影響されて､一緒に下駄買うべってうるさくて､仕方なく買いにいったんだ｣
家高｢あれよ､たしか巣鴨の下駄屋で買ったんだよな｡なんで巣鴨だったんだっけ？｣
小島｢忘れたよ｡ただ､真っ黒くて､金文字で漢字が入ってた｡肉厚で鼻緒が白くて､ありゃあ素人が履くﾔﾂじゃなかったな｡銭も高かったんだ｣
家高｢そうそう｡おまえの下駄には『豪』って入ってて､俺のには『剛』って書かれてた｡凄い下駄だったよな｡それ履いてﾛｽｱﾙｺｽに通ったんだよ｣
小島｢今考えればｱﾎやん｡電車に乗れば必ず誰かの靴を踏みつけて､ｹﾝｶになるんだ｡ｹﾝｶ誘発用の下駄だった｣
家高｢あの下駄よ､普通のﾔﾂより分厚くて底も高かったじゃん｡高下駄ほどじゃねえけど｡鼻緒が太いから履き心地がよくて､あのまま蹴り入れてもすっぽ抜けなかったな｡回し蹴りがﾋﾞﾝﾋﾞﾝ出たな｣
小島｢とにかく目立った｡しかし今考えれば､よくあんな下駄履いてﾊﾞｲﾄ先まで通っていたな｡恥ずかしいよ｣
家高｢ﾊﾞｶ､おまえはよ､あの下駄履いてﾋﾛｺちゃんとﾃﾞｰﾄしてたんだぞ｡よく嫌がんなかったな､ﾋﾛｺちゃん｣
小島｢内心､嫌がっていたかも知れねえぜ｡でも､あの頃はあれがｶｯｺいいと思い込んでたし､ｹﾝｶの道具に最適だったし…｡要はﾊﾞｶだったんよ､俺たちが｣
家高｢しかし､笑っちゃうよな｡ﾊﾞｲﾄによ地下鉄で通っていたじゃん｡駅は四ﾂ谷三丁目だった｡丸の内線か？ そんで電車が混んでて､電車を降りれば人が一杯いて中々進めなくてよ｡そんで歩いていると､遠くの方から下駄の音がしてくんだ｡ｹﾞｹﾞｹﾞの鬼太郎みたいにｶﾗﾝｺﾛﾝって｡あっ! 小島だって直ぐに分かったもんな｡あれ､相当みんなの顰蹙買っていたぞ｣
小島｢俺は俺でよ､後ろの方から下駄の音がすると､おまえだなって分かったけん｡段々音がでかくなって､しまいにはｶﾗｶﾗｶﾗ!って｡俺を驚かそうとしてたんだ｡でも分かっちゃう｣
家高｢あっ､思い出した｡そんで俺が後ろから驚かそうとしたらおまえ､人混みのなかで突然､後ろ蹴り出しやがったんだ｣
小島｢でも､てめえはよ｡しっかり捌いたやんか｡そんで間違って他のｻﾗﾘｰﾏﾝを蹴っちまったんだ｡あんときﾔﾊﾞかったぞ｡こっちが悪いんだからよ｡逃げた､逃げた｣
家高｢違うね｡相手が文句を言ってきたからおまえはまた横蹴りか何かを入れて､ぶっ倒してから逃げたんじゃねえか｣
小島｢ﾊﾞｶ野郎! 俺じゃねえよ｡おまえが蹴っ飛ばしたんだ｡それから逃げたんじゃねえかよ｣
家高｢そうか？ 俺じゃなくて小島がやったんじゃなかったか｣
小島｢まあ､どっちでもいいよ｡あの夏のﾊﾞｲﾄでも俺たち店で無茶苦茶やったけど…｡たしかに､あの下駄はいい思い出だ｣
家高｢そんでよ｡おまえ覚えてるか？ ﾊﾞｲﾄの後に早稲田にいって自主ﾄﾚするからよ､俺たち､ﾊﾞｯｸﾞのなかにｻﾝﾀﾞﾙ入れていたんだよな｡茶色の便所ｻﾝﾀﾞﾙ｣
小島｢そうだっけ？ そうだよなあ…｡1年坊主があんな下駄履いて部室にいったら先輩に締められるもんなあ｣
家高｢それが､ｶｯｺ悪いんだ｡早稲田の近くまで偉そうに下駄履いて､ｶﾗﾝｺﾛﾝ響かせてよ｡そんで大学の裏口の生け垣のなかに下駄隠してよ｡あんなでかい下駄､ﾊﾞｯｸﾞに入んねえからな｡そんでｻﾝﾀﾞﾙに履き替えて大学に入っていったんだ｣
小島｢ﾊﾞｶだよなあ｡で､先輩に言われたんだ｡『おまえら何故､いつも便所ｻﾝﾀﾞﾙなんか履いて歩いてんだ？』ってよ｡押忍! 押忍! の連発で誤魔化したんだよな｣
家高｢ところがよ､見つかっちまったんだ｡覚えてるか？ 都電通りを2人で歩いていたら､よりによって礼儀にうるさいM先輩に見つかったの？｣
小島｢そういえば…｡ﾔﾊﾞいって思ったんだ｡鉢合わせしたからな｡でもM先輩､あんときは優しかったな｡怒んなかったぞ｣
家高｢そう､粋なこと言われたよな｡『おまえら､我がよき友よを地でいってるな｡ついでにｽﾞﾎﾞﾝに手拭いぶら下げて歩けば』って言われたんだ｡そんで調子に乗って､それから下駄のまま部室にもいくようになって…､最後は痛い目に合うんだ｣
小島｢A先輩にこっぴどく組手でしごかれたっけ｡A先輩､怖かったな｣
家高｢でもよ､A先輩も男だったぜ｡稽古のあとに､『その下駄､俺も欲しいなあ｡どこで買ったんだ？』って訊かれたよな｡A先輩､本当に買ったんだよな｣
小島｢そうだそうだ､そんで金文字がなんと『極』っていうんで大笑いしたんだ｡極真の『極』だもん｡『極』なんて金文字あるの知らなかったよな｣
家高｢本当､拓郎の『我がよき友よ』の世界そのまんま｡よき時代だったと思わねえか？｣
小島｢ﾛｽｱﾙｺｽで好き放題やったしな…｣
(つづく)
2007年09月04日
連載/I LOVE ROCK ! 特別編｢大いなる年､1970年｣(2)
I LOVE ROCK ! 特別編
大いなる年､1970年��
1970年……｡
国内の音楽に関していえば､まず僕の耳にうるさいように入ってきたのが三波春夫の大阪万博の歌だった｡｢こんにちは〜、こんにちは〜世界の国から〜｣というフレーズが日本全国に溢れていた。｢もう、うんざりだよ!｣って叫びたくなるほど、この歌はいつでもどこでも流れていた。TVやラジオはもちろん、運動会でも盆踊りでも、なにかといえばこの歌に合わせて踊ったり騒いだりパレードしたりしたものだ。
まさに日本全体を万博の集団パニックに導いたのがこの歌だった。
ところで1970年の日本レコード大賞は菅原洋一が｢今日でお別れ｣で受賞している｡この歌が流行した記憶はたしかに僕にもある。でも僕の印象では、この年に始まった第1回日本歌謡大賞を取った藤圭子の｢圭子の夢は夜ひらく｣の方がずっとインパクトが強かった気がしてならない。
ちなみに､藤圭子といえば宇多田ヒカルのお母さんとして近年有名だが、お母さんの方がずっと社会的な注目を浴びていたように思う。もちろん時代が違うから一概には比較できないだろうが、1970年当時、藤圭子の人気というか存在感は異常だった。
何といっても藤圭子は暗さと不幸の象徴だった。戦後の復興期から高度成長時代へ、常に右肩上がりの日本社会にあって、ずっと日本国民が置き忘れてきた戦前戦後の暗い思い出のシンボルが藤圭子だった。メディアを通して伝えられた彼女のプロフィールが凄まじい。
｢小学校を卒業すると､ろくに中学校にも通わせてもらえず、家で待つ目の不自由な母親のために、また身体の不自由な父親とふたりで全国を放浪しながら歌を唄って日銭を稼いだ｣
典型的な不幸譚――。
｢圭子の夢は夜ひらく｣は、そんな暗く不幸な藤圭子のイメージが凝縮した歌であった。同じ親子でありながら、藤圭子と宇多田ヒカルのメディアを通したイメージは笑ってしまうくらい正反対である。アホかと思えるほど能天気で天真爛漫な娘と、世間の不幸を一身に背負ったような母親。いまさらながら、これも時代のせいなのだろうかとため息をつく思いがする。
僕にとっては正直ふたりともどうでもいいのである。
娘の宇多田ヒカルにはまったく興味がない｡母親の藤圭子も当時から好きではなかった。子供ながらも、あの暗さが何ともいえず息が詰まったものだ。
それでも僕はいまでもはっきりと覚えている。藤圭子をTVで初めて見たとき、｢なんて美しい女性なのだろうか!｣と僕は心底感動した。色白で人形のように整った面立ち、愁いを含んだ大きな瞳。
藤圭子はまさに｢薄幸の美人｣だった。
繰り返すが、僕はこの年小学5年生だった。そして、その2年後の1972年――1970年の熱い余韻が残るなか、小学校を卒業し中学に進学することになる。
私は小学生高学年の頃､洋楽と出会った｡
街中に流れるベンチャーズのエレキサウンド､抜群の歌唱力を持つトム･ジョーンズ｡ベンチャーズとトム･ジョーンズが僕を洋楽=ポップス(当時は洋楽全般をこう呼んだ)､つまりロックの世界に導いたのである｡
また､前述したようなTVメディアを中心に国民に浸透していた｢歌謡曲｣の陰で､日本の音楽界もとんでもない地殻変動が起こりつつあった｡
洋楽=ロックと､邦楽=フォークソング､ロックの萌芽｡特に洋楽は､この1970年という年に世界的規模で革命的な動きが起きていた｡
ビートルズについてはあまり詳しく触れない｡いずれ私のビートルズ観について書く機会もあるかもしれないが……｡私はあまりビートルズを好きではないし､認めてもいない｡
そうはいっても､ビートルズの存在が世界にロックという概念を大衆的なレベルで広めた功績はきわめて大きい｡ビートルズは決してロックの本流を歩んだバンドではない｡しかし､このビートルズによってロックが動いたことは紛れもない事実である｡
そのビートルズがこの1970年､解散した｡
私には本意ではないが､｢これによってポップス､ロックというジャンルの1時代が終わり､またそれが新しいロックの幕開けになった｣｡こう語る音楽評論家は多い｡たしかに､ある面の真実をついた言葉だ｡
だが､この1970年という年には､ビートルズだけでは括れない大きな事件や動きが頻発していることを忘れてはならない｡
1970年……｡
世界的なフォークソングデュオであり､｢フォークロック｣という新ジャンルを切り開いたサイモン&ガーファンクルが解散した｡
また前年､ニューヨーク郊外で歴史的なロックフェスティバル､｢ウッドストック｣が開催され､約30万人におよぶ若者たちを世界中から集めた｡このときの熱い息吹きが1970年の音楽界に多大なる影響を与えた｡
しかし､この年､｢ウッドストック｣の代名詞ともいわれたサイケデリックロックの覇者にして伝説のギタリスト､ジミー･ヘンドリックスが薬物過剰摂取により急死した｡
ヘンドリックスと並び､サイケデリックロックの代表的バンド､ドアーズも､この年突然活動を休止｡翌71年､ドアーズのリーダーにして｢教祖｣とまで謳われたジム･モリソンがやはり急死している｡
さらに､アメリカンブルースの流れを汲んだブルースロックバンド､ヤードバーズを経て､現在に続くブリティッシュロックを確立したクリームが正式に解散(68年から実質的に活動は停止していたが……)｡
サイモン&ガーファンクルの解散､ジミー･ヘンドリックスとジム･モリソンの死､そしてクリームの解散によって､1960年代のロックは確実に終焉を迎えた｡
一方､この年にデビューまたは頭角を表したのが以下のミュージシャンたちである｡
ローリングストーンズは前々年の世界的ヒット曲｢ジャンピングジャックフラッシュ｣に続き､｢アンジー｣によってビートルズに並ぶ世界的バンドのヒーローに君臨した｡
クリームを解散に追い込み､ソロ活動をこの年開始したエリック･クラプトンは｢レイラ｣を引っさげて世界のトップギタリストの名声を得る｡
ヤードバーズの流れを引き継ぐブリティッシュロックバンド､レッドツェッペリンは前年のアルバム｢ツェッペリン��｣の大ヒットを機に全米ツアーを敢行､ブリティッシュロックの最高峰を誇示した｡
ツェッペリンのライバルと目されたディープパープルも主にヨーロッパ全土に旋風を吹き荒らした｡
いまやイギリスの代表的ミュージシャンとなったエルトン･ジョン(デビューは68年)も､名盤｢ホンキーシャトー｣が認められ世界的に飛躍した｡エルトン･ジョンが日本に紹介されたのもこの年である｡
さらに70年代初期に本流からそれるものの､一代センセーションを起こす｢奇才｣たちも､1970年を境に本格的な活動を開始した｡
後に｢グラムロック｣の覇者となるTレックス｡マーク･ボラン率いるティラノザウルスレックスが｢Tレックス｣と改称してブギーロックという新機軸を打ち出した｡
やはり後にグラムロックの頂点を極めるデビッド･ボウイは､この年から｢ジギー･スターダスト｣を演じつつ新たな活動を始めた｡
グラムロックとともに一世風靡することになる｢ブラスロック｣の代名詞･シカゴはこの年､完全にジャズからロックに転向した｡
最後にエルビス･プレスリーについて触れておかねばならない｡
50年代後期にデビューしたプレスリーはアメリカですでに｢ロカビリー｣というジャンルを確立し､アメリカンポップスの王者の座を不動のものにしていた｡映画俳優としても成功し､エンターティナーとしても絶頂期にあった｡
そのプレスリーが1970年､新たに動き出した｡現在では多くの人が知っている白いウェスタン調の派手なコスチュームをトレードマークに初めて世界規模のコンサートツアーを開始するのである｡その後､これらのツアーを録音したアルバム｢ライブイン･ハワイ｣｢ライブイン･ジャパン｣のヒットによって､プレスリーは改めてミュージシャンとして再評価されることになる｡
ベトナム戦争､東西冷戦､日本国内では学園紛争の嵐が各大学を覆うなか､世界のロック界ではとてつもない｢革命｣が起きていたのである｡そして､このムーブメントが激流のごとく日本を席巻していくことになる｡当時､小学生ながら洋楽=ポップスファンだった私にも､これほどまでの音楽界の動きが世界規模で起きていることは知るよしもなかった｡
1970年の重要性を概略的にでも把握することができたのは70年代半ば､高校生になってからのことである｡
(つづく)
2002年11月/｢LET IT BE/I LOVE ROCK !｣(夢現舎HP)改稿
大いなる年､1970年��
1970年……｡
国内の音楽に関していえば､まず僕の耳にうるさいように入ってきたのが三波春夫の大阪万博の歌だった｡｢こんにちは〜、こんにちは〜世界の国から〜｣というフレーズが日本全国に溢れていた。｢もう、うんざりだよ!｣って叫びたくなるほど、この歌はいつでもどこでも流れていた。TVやラジオはもちろん、運動会でも盆踊りでも、なにかといえばこの歌に合わせて踊ったり騒いだりパレードしたりしたものだ。
まさに日本全体を万博の集団パニックに導いたのがこの歌だった。
ところで1970年の日本レコード大賞は菅原洋一が｢今日でお別れ｣で受賞している｡この歌が流行した記憶はたしかに僕にもある。でも僕の印象では、この年に始まった第1回日本歌謡大賞を取った藤圭子の｢圭子の夢は夜ひらく｣の方がずっとインパクトが強かった気がしてならない。
ちなみに､藤圭子といえば宇多田ヒカルのお母さんとして近年有名だが、お母さんの方がずっと社会的な注目を浴びていたように思う。もちろん時代が違うから一概には比較できないだろうが、1970年当時、藤圭子の人気というか存在感は異常だった。
何といっても藤圭子は暗さと不幸の象徴だった。戦後の復興期から高度成長時代へ、常に右肩上がりの日本社会にあって、ずっと日本国民が置き忘れてきた戦前戦後の暗い思い出のシンボルが藤圭子だった。メディアを通して伝えられた彼女のプロフィールが凄まじい。
｢小学校を卒業すると､ろくに中学校にも通わせてもらえず、家で待つ目の不自由な母親のために、また身体の不自由な父親とふたりで全国を放浪しながら歌を唄って日銭を稼いだ｣
典型的な不幸譚――。
｢圭子の夢は夜ひらく｣は、そんな暗く不幸な藤圭子のイメージが凝縮した歌であった。同じ親子でありながら、藤圭子と宇多田ヒカルのメディアを通したイメージは笑ってしまうくらい正反対である。アホかと思えるほど能天気で天真爛漫な娘と、世間の不幸を一身に背負ったような母親。いまさらながら、これも時代のせいなのだろうかとため息をつく思いがする。
僕にとっては正直ふたりともどうでもいいのである。
娘の宇多田ヒカルにはまったく興味がない｡母親の藤圭子も当時から好きではなかった。子供ながらも、あの暗さが何ともいえず息が詰まったものだ。
それでも僕はいまでもはっきりと覚えている。藤圭子をTVで初めて見たとき、｢なんて美しい女性なのだろうか!｣と僕は心底感動した。色白で人形のように整った面立ち、愁いを含んだ大きな瞳。
藤圭子はまさに｢薄幸の美人｣だった。
繰り返すが、僕はこの年小学5年生だった。そして、その2年後の1972年――1970年の熱い余韻が残るなか、小学校を卒業し中学に進学することになる。
私は小学生高学年の頃､洋楽と出会った｡
街中に流れるベンチャーズのエレキサウンド､抜群の歌唱力を持つトム･ジョーンズ｡ベンチャーズとトム･ジョーンズが僕を洋楽=ポップス(当時は洋楽全般をこう呼んだ)､つまりロックの世界に導いたのである｡
また､前述したようなTVメディアを中心に国民に浸透していた｢歌謡曲｣の陰で､日本の音楽界もとんでもない地殻変動が起こりつつあった｡
洋楽=ロックと､邦楽=フォークソング､ロックの萌芽｡特に洋楽は､この1970年という年に世界的規模で革命的な動きが起きていた｡
ビートルズについてはあまり詳しく触れない｡いずれ私のビートルズ観について書く機会もあるかもしれないが……｡私はあまりビートルズを好きではないし､認めてもいない｡
そうはいっても､ビートルズの存在が世界にロックという概念を大衆的なレベルで広めた功績はきわめて大きい｡ビートルズは決してロックの本流を歩んだバンドではない｡しかし､このビートルズによってロックが動いたことは紛れもない事実である｡
そのビートルズがこの1970年､解散した｡
私には本意ではないが､｢これによってポップス､ロックというジャンルの1時代が終わり､またそれが新しいロックの幕開けになった｣｡こう語る音楽評論家は多い｡たしかに､ある面の真実をついた言葉だ｡
だが､この1970年という年には､ビートルズだけでは括れない大きな事件や動きが頻発していることを忘れてはならない｡
1970年……｡
世界的なフォークソングデュオであり､｢フォークロック｣という新ジャンルを切り開いたサイモン&ガーファンクルが解散した｡
また前年､ニューヨーク郊外で歴史的なロックフェスティバル､｢ウッドストック｣が開催され､約30万人におよぶ若者たちを世界中から集めた｡このときの熱い息吹きが1970年の音楽界に多大なる影響を与えた｡
しかし､この年､｢ウッドストック｣の代名詞ともいわれたサイケデリックロックの覇者にして伝説のギタリスト､ジミー･ヘンドリックスが薬物過剰摂取により急死した｡
ヘンドリックスと並び､サイケデリックロックの代表的バンド､ドアーズも､この年突然活動を休止｡翌71年､ドアーズのリーダーにして｢教祖｣とまで謳われたジム･モリソンがやはり急死している｡
さらに､アメリカンブルースの流れを汲んだブルースロックバンド､ヤードバーズを経て､現在に続くブリティッシュロックを確立したクリームが正式に解散(68年から実質的に活動は停止していたが……)｡
サイモン&ガーファンクルの解散､ジミー･ヘンドリックスとジム･モリソンの死､そしてクリームの解散によって､1960年代のロックは確実に終焉を迎えた｡
一方､この年にデビューまたは頭角を表したのが以下のミュージシャンたちである｡
ローリングストーンズは前々年の世界的ヒット曲｢ジャンピングジャックフラッシュ｣に続き､｢アンジー｣によってビートルズに並ぶ世界的バンドのヒーローに君臨した｡
クリームを解散に追い込み､ソロ活動をこの年開始したエリック･クラプトンは｢レイラ｣を引っさげて世界のトップギタリストの名声を得る｡
ヤードバーズの流れを引き継ぐブリティッシュロックバンド､レッドツェッペリンは前年のアルバム｢ツェッペリン��｣の大ヒットを機に全米ツアーを敢行､ブリティッシュロックの最高峰を誇示した｡
ツェッペリンのライバルと目されたディープパープルも主にヨーロッパ全土に旋風を吹き荒らした｡
いまやイギリスの代表的ミュージシャンとなったエルトン･ジョン(デビューは68年)も､名盤｢ホンキーシャトー｣が認められ世界的に飛躍した｡エルトン･ジョンが日本に紹介されたのもこの年である｡
さらに70年代初期に本流からそれるものの､一代センセーションを起こす｢奇才｣たちも､1970年を境に本格的な活動を開始した｡
後に｢グラムロック｣の覇者となるTレックス｡マーク･ボラン率いるティラノザウルスレックスが｢Tレックス｣と改称してブギーロックという新機軸を打ち出した｡
やはり後にグラムロックの頂点を極めるデビッド･ボウイは､この年から｢ジギー･スターダスト｣を演じつつ新たな活動を始めた｡
グラムロックとともに一世風靡することになる｢ブラスロック｣の代名詞･シカゴはこの年､完全にジャズからロックに転向した｡
最後にエルビス･プレスリーについて触れておかねばならない｡
50年代後期にデビューしたプレスリーはアメリカですでに｢ロカビリー｣というジャンルを確立し､アメリカンポップスの王者の座を不動のものにしていた｡映画俳優としても成功し､エンターティナーとしても絶頂期にあった｡
そのプレスリーが1970年､新たに動き出した｡現在では多くの人が知っている白いウェスタン調の派手なコスチュームをトレードマークに初めて世界規模のコンサートツアーを開始するのである｡その後､これらのツアーを録音したアルバム｢ライブイン･ハワイ｣｢ライブイン･ジャパン｣のヒットによって､プレスリーは改めてミュージシャンとして再評価されることになる｡
ベトナム戦争､東西冷戦､日本国内では学園紛争の嵐が各大学を覆うなか､世界のロック界ではとてつもない｢革命｣が起きていたのである｡そして､このムーブメントが激流のごとく日本を席巻していくことになる｡当時､小学生ながら洋楽=ポップスファンだった私にも､これほどまでの音楽界の動きが世界規模で起きていることは知るよしもなかった｡
1970年の重要性を概略的にでも把握することができたのは70年代半ば､高校生になってからのことである｡
(つづく)
2002年11月/｢LET IT BE/I LOVE ROCK !｣(夢現舎HP)改稿
2007年09月03日
連載/I LOVE ROCK ! 特別編｢大いなる年､1970年｣(1)〜修正版
I LOVE ROCK !
特別編/大いなる年､1970年��
日本､否､世界の音楽界を考えるとき､大きなﾀｰﾆﾝｸﾞﾎﾟｲﾝﾄまたは｢新時代の幕開け｣となった象徴的な時代が1970年だといえるだろう｡
1970年といえば｢EXPO'70｣大阪万国博覧会が開かれた年として記憶されている｡日本は高度成長期の真っ只中にあった｡三島由紀夫が東京市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯基地で割腹自殺を図り､日本赤軍による日航機｢よど号｣ﾊｲｼﾞｬｯｸ事件が起きた｡
ｱﾒﾘｶのﾆｸｿﾝ大統領はﾍﾞﾄﾅﾑ戦争の泥沼に深く入り込み､韓国の独裁政権が近隣諸国の不安を煽る一方で､金日成率いる北朝鮮は｢楽園国家｣の喧伝に躍起になっていた。
世界は米ｿを軸に｢冷戦｣が深刻化し､後にこの年は｢不吉な世紀末の始まり｣とさえいわれるようになった｡
1970年…｡
僕はまだ小学5年生で､ｽﾎﾟｰﾂ少年団に入ってｻｯｶｰに夢中だった…というのは正しくない｡強制的に入れられた教護施設で､これもまた柔道同様､強制的にｻｯｶｰをやらされただけである｡｢ﾁｰﾑﾌﾟﾚｰが大切!｣と教官が連呼するｻｯｶｰなんてちっとも面白くなかった｡
当時の私は痩せこけたﾁﾋﾞだったが､｢かけっこ｣だけは自信があった｡実際､私がどんなにｸﾗｽのﾂﾏ弾き者で非行少年だったとしても､運動会のﾘﾚｰには欠かせない存在だった｡またこの年､市内ﾏﾗｿﾝ大会の小学生高学年の部で私は準優勝になり､ﾁｯﾎﾟｹで安っぽい銀ﾒﾀﾞﾙをもらった｡
｢なんなんだ! この安っぽいﾒﾀﾞﾙは! こんなものいらねえよ｣と強烈な反発力を抱いたことだけは鮮明に覚えている｡実際､そのときのﾒﾀﾞﾙはとっくの大昔に紛失している｡
結局､私は駆け足が速いという理由だけで強制的にサッカーをやらされたのだった｡
このように､当時の私は何もかもとんがった生意気少年で､さらには不良も相手にしてくれない非行少年だった｡教護施設を出れば､やはり鑑別から出てきた梁川の｢兄｣と悪さを繰り返していた｡
そんな現在進行形で少年時代を送っていた僕にとって､1970年がどんな年かなんて考える暇も頭もなかった｡それは当時の大人たちも同様だったのではないだろうか？ その時代の意味は､その時代が｢歴史｣になってからでないとわからない｡
ただ､あれから30年以上の年月が過ぎ､僕も大人になったいまとなれば､1970年がいかに｢大いなる年｣だったかは実感として理解することが出来る｡
特に､現在日本国内の世論を沸騰させている北朝鮮に関する諸問題(拉致事件と､それに関わったとされる｢よど号｣ﾊｲｼﾞｬｯｸ犯問題｡また北朝鮮に渡った在日朝鮮人配偶者たちの帰国問題など)の根源が､この時期の北朝鮮によるﾌﾟﾛﾊﾟｶﾞﾝﾀﾞと､それに朝日新聞をはじめ多くの進歩派ﾒﾃﾞｨｱに踊らされた結果であることを忘れてはいけない｡ただそれだけでも1970年が持つ意味がきわめて大きいことが分かるだろう｡
思えば､あの頃僕が通っていた小学校の｢先公｣たちは､みなﾊﾞｶのひとつ覚えのように｢北朝鮮は貧富の差もなくみんな平等で天国のように美しい国です｣と僕たちの前で熱弁を振るった｡｢先公｣たちは狂ったように､｢韓国は悪い国で､その韓国を操っているｱﾒﾘｶはもっと悪い国｣だと大合唱した｡
反対に､｢北朝鮮は天国で､北朝鮮と友だちのｿ連や中国は正義の味方｣だとも……｡少なくとも学校の教師などのｲﾝﾃﾘは異口同音に北朝鮮を絶賛していたものである。
そうじゃなかったのは僕の父親のような博徒やﾔｸｻﾞくらいだった｡父親は何かといえば｢北朝鮮も中国もｿ連も共産党の〈赤〉連中はみんなﾀﾞﾒ!｣｢北朝鮮が天国だなんて全部ﾃﾞﾀﾗﾒ｡本当は地獄｣などと繰り返していた｡
梁川の親父さんは在日一世で､一時は北への｢帰国｣も考えたらしい｡だが知人から北朝鮮の内情を聞いたといって､父親と同じことを叫んでいた｡
僕は学校の｢先公｣と父親たちの意見のｷﾞｬｯﾌﾟに驚いたが､いくら父親が博徒で｢遊び人｣とはいえ､ｴｷｾﾝﾄﾘｯｸに叫ぶ｢先公｣よりはずっとまともに見えた｡
1970年についてもう少し僕自身の記憶を辿るならば､上に書いたような出来事以外にも思い出す事柄は少なくない｡
格闘技についていうならば､この年､世界ﾁｬﾝﾋﾟｵﾝとして華々しい活躍を見せてきたﾌｧｲﾃｨﾝｸﾞ原田が引退を発表し､原田のﾗｲﾊﾞﾙだった海老原博幸も､ﾊｰﾄﾞﾊﾟﾝﾁｬｰの藤猛もﾘﾝｸﾞを去った｡一方で｢貴公子｣とうたわれた大場政夫が弱冠21歳にして世界王者に君臨したのもこの年だった｡
ﾎﾞｸｼﾝｸﾞの熱いﾌﾞｰﾑは真っ只中にあったように思う｡
TVのｽｲｯﾁをひねれば｢ｺﾝﾄ55号｣がﾌﾞﾗｳﾝ管のなかを跳び回り､しかし人気絶頂だった彼らの冠番組『ｺﾝﾄ55号の野球ｹﾝ!』が低俗との批判に晒されて打切りを発表して大騒ぎになった｡
また､毒性の高い人工甘味料である｢ﾁｸﾛ｣が社会問題になったのも1970年だったはずだ｡
たしかに僕は､引退の記者会見に臨んだﾌｧｲﾃｨﾝｸﾞ原田の顔がやけにﾃﾞｺﾎﾞｺだったこと､その反面､新ﾁｬﾝﾋﾟｵﾝの大場政夫がとてもひ弱そうに見えたことを覚えている｡
そして『ｺﾝﾄ55号の野球ｹﾝ!』が突然終わってしまったことは､僕にとっても猛烈にｼｮｯｸな出来事だった｡なんといっても『コント55号の野球ケン！』は徹底的にエッチな番組だった。欽ちゃんや二郎さんが綺麗な女性タレントと野球拳をやって負けたら衣服を一枚ずつ脱いでいくという趣向この番組。いまとなれば､単なる｢芸者遊び｣のﾊﾟｸﾘだと分かるが､視聴率はだんとつﾄｯﾌﾟだった｡
ときには女性タレントが下着まで脱いでしまうというショッキングなもので(下着を脱いだとしてもバスタオルを身体に巻くので何も見えないのだが…)､それはそれは子供ながら興奮する番組だった。
また、学校でも「チクロ」は大きな話題だった。｢先公｣や親には、駄菓子屋のお菓子を食べてはダメだといわれ、僕たちはこれからいったい何を買い食いすればいいのか途方に暮れたものである。
いつしか「チクロ」は悪者や不良の代名詞になり、例えばクラス内の不良たちを、陰で「あいつらはチクロだかんな、ヤバイぞ」なんて具合に使ったりしていた。
ちなみに､私は｢ﾁｸﾛ｣より酷い｢青酸カリ｣などと陰口を叩かれていたことを知っている｡
(つづく)
2002年10月｢LET IT BE/I LOVE ROCK !｣(夢現舎HP)より改稿
特別編/大いなる年､1970年��
日本､否､世界の音楽界を考えるとき､大きなﾀｰﾆﾝｸﾞﾎﾟｲﾝﾄまたは｢新時代の幕開け｣となった象徴的な時代が1970年だといえるだろう｡
1970年といえば｢EXPO'70｣大阪万国博覧会が開かれた年として記憶されている｡日本は高度成長期の真っ只中にあった｡三島由紀夫が東京市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯基地で割腹自殺を図り､日本赤軍による日航機｢よど号｣ﾊｲｼﾞｬｯｸ事件が起きた｡
ｱﾒﾘｶのﾆｸｿﾝ大統領はﾍﾞﾄﾅﾑ戦争の泥沼に深く入り込み､韓国の独裁政権が近隣諸国の不安を煽る一方で､金日成率いる北朝鮮は｢楽園国家｣の喧伝に躍起になっていた。
世界は米ｿを軸に｢冷戦｣が深刻化し､後にこの年は｢不吉な世紀末の始まり｣とさえいわれるようになった｡
1970年…｡
僕はまだ小学5年生で､ｽﾎﾟｰﾂ少年団に入ってｻｯｶｰに夢中だった…というのは正しくない｡強制的に入れられた教護施設で､これもまた柔道同様､強制的にｻｯｶｰをやらされただけである｡｢ﾁｰﾑﾌﾟﾚｰが大切!｣と教官が連呼するｻｯｶｰなんてちっとも面白くなかった｡
当時の私は痩せこけたﾁﾋﾞだったが､｢かけっこ｣だけは自信があった｡実際､私がどんなにｸﾗｽのﾂﾏ弾き者で非行少年だったとしても､運動会のﾘﾚｰには欠かせない存在だった｡またこの年､市内ﾏﾗｿﾝ大会の小学生高学年の部で私は準優勝になり､ﾁｯﾎﾟｹで安っぽい銀ﾒﾀﾞﾙをもらった｡
｢なんなんだ! この安っぽいﾒﾀﾞﾙは! こんなものいらねえよ｣と強烈な反発力を抱いたことだけは鮮明に覚えている｡実際､そのときのﾒﾀﾞﾙはとっくの大昔に紛失している｡
結局､私は駆け足が速いという理由だけで強制的にサッカーをやらされたのだった｡
このように､当時の私は何もかもとんがった生意気少年で､さらには不良も相手にしてくれない非行少年だった｡教護施設を出れば､やはり鑑別から出てきた梁川の｢兄｣と悪さを繰り返していた｡
そんな現在進行形で少年時代を送っていた僕にとって､1970年がどんな年かなんて考える暇も頭もなかった｡それは当時の大人たちも同様だったのではないだろうか？ その時代の意味は､その時代が｢歴史｣になってからでないとわからない｡
ただ､あれから30年以上の年月が過ぎ､僕も大人になったいまとなれば､1970年がいかに｢大いなる年｣だったかは実感として理解することが出来る｡
特に､現在日本国内の世論を沸騰させている北朝鮮に関する諸問題(拉致事件と､それに関わったとされる｢よど号｣ﾊｲｼﾞｬｯｸ犯問題｡また北朝鮮に渡った在日朝鮮人配偶者たちの帰国問題など)の根源が､この時期の北朝鮮によるﾌﾟﾛﾊﾟｶﾞﾝﾀﾞと､それに朝日新聞をはじめ多くの進歩派ﾒﾃﾞｨｱに踊らされた結果であることを忘れてはいけない｡ただそれだけでも1970年が持つ意味がきわめて大きいことが分かるだろう｡
思えば､あの頃僕が通っていた小学校の｢先公｣たちは､みなﾊﾞｶのひとつ覚えのように｢北朝鮮は貧富の差もなくみんな平等で天国のように美しい国です｣と僕たちの前で熱弁を振るった｡｢先公｣たちは狂ったように､｢韓国は悪い国で､その韓国を操っているｱﾒﾘｶはもっと悪い国｣だと大合唱した｡
反対に､｢北朝鮮は天国で､北朝鮮と友だちのｿ連や中国は正義の味方｣だとも……｡少なくとも学校の教師などのｲﾝﾃﾘは異口同音に北朝鮮を絶賛していたものである。
そうじゃなかったのは僕の父親のような博徒やﾔｸｻﾞくらいだった｡父親は何かといえば｢北朝鮮も中国もｿ連も共産党の〈赤〉連中はみんなﾀﾞﾒ!｣｢北朝鮮が天国だなんて全部ﾃﾞﾀﾗﾒ｡本当は地獄｣などと繰り返していた｡
梁川の親父さんは在日一世で､一時は北への｢帰国｣も考えたらしい｡だが知人から北朝鮮の内情を聞いたといって､父親と同じことを叫んでいた｡
僕は学校の｢先公｣と父親たちの意見のｷﾞｬｯﾌﾟに驚いたが､いくら父親が博徒で｢遊び人｣とはいえ､ｴｷｾﾝﾄﾘｯｸに叫ぶ｢先公｣よりはずっとまともに見えた｡
1970年についてもう少し僕自身の記憶を辿るならば､上に書いたような出来事以外にも思い出す事柄は少なくない｡
格闘技についていうならば､この年､世界ﾁｬﾝﾋﾟｵﾝとして華々しい活躍を見せてきたﾌｧｲﾃｨﾝｸﾞ原田が引退を発表し､原田のﾗｲﾊﾞﾙだった海老原博幸も､ﾊｰﾄﾞﾊﾟﾝﾁｬｰの藤猛もﾘﾝｸﾞを去った｡一方で｢貴公子｣とうたわれた大場政夫が弱冠21歳にして世界王者に君臨したのもこの年だった｡
ﾎﾞｸｼﾝｸﾞの熱いﾌﾞｰﾑは真っ只中にあったように思う｡
TVのｽｲｯﾁをひねれば｢ｺﾝﾄ55号｣がﾌﾞﾗｳﾝ管のなかを跳び回り､しかし人気絶頂だった彼らの冠番組『ｺﾝﾄ55号の野球ｹﾝ!』が低俗との批判に晒されて打切りを発表して大騒ぎになった｡
また､毒性の高い人工甘味料である｢ﾁｸﾛ｣が社会問題になったのも1970年だったはずだ｡
たしかに僕は､引退の記者会見に臨んだﾌｧｲﾃｨﾝｸﾞ原田の顔がやけにﾃﾞｺﾎﾞｺだったこと､その反面､新ﾁｬﾝﾋﾟｵﾝの大場政夫がとてもひ弱そうに見えたことを覚えている｡
そして『ｺﾝﾄ55号の野球ｹﾝ!』が突然終わってしまったことは､僕にとっても猛烈にｼｮｯｸな出来事だった｡なんといっても『コント55号の野球ケン！』は徹底的にエッチな番組だった。欽ちゃんや二郎さんが綺麗な女性タレントと野球拳をやって負けたら衣服を一枚ずつ脱いでいくという趣向この番組。いまとなれば､単なる｢芸者遊び｣のﾊﾟｸﾘだと分かるが､視聴率はだんとつﾄｯﾌﾟだった｡
ときには女性タレントが下着まで脱いでしまうというショッキングなもので(下着を脱いだとしてもバスタオルを身体に巻くので何も見えないのだが…)､それはそれは子供ながら興奮する番組だった。
また、学校でも「チクロ」は大きな話題だった。｢先公｣や親には、駄菓子屋のお菓子を食べてはダメだといわれ、僕たちはこれからいったい何を買い食いすればいいのか途方に暮れたものである。
いつしか「チクロ」は悪者や不良の代名詞になり、例えばクラス内の不良たちを、陰で「あいつらはチクロだかんな、ヤバイぞ」なんて具合に使ったりしていた。
ちなみに､私は｢ﾁｸﾛ｣より酷い｢青酸カリ｣などと陰口を叩かれていたことを知っている｡
(つづく)
2002年10月｢LET IT BE/I LOVE ROCK !｣(夢現舎HP)より改稿
2007年09月01日
連載/｢I LOVE ROCK !!番外編〜青春の象徴･NSP
今回はNSPについて書いてみたい。
私が入学した栃木高校は県内1、2を争う進学校だったが、私にとっては夢のような自由な学校だった。
教師たちも生徒の「基本的人権」を認め、とにかく規制というものが殆どなかった。｢超｣のつく程の進学校ではあったが､生徒にガリ勉タイプは殆どいない。男子校だから特に
何でもあり、教室にエロ本を持ち込むヤツもいれば校舎の裏でタバコを吸うヤツ、学校帰りに制服のままパチンコ屋に入り浸るヤツもいた。しかしお咎めは一切なし。今はわからないが、少なくとも栃木高校は名実ともに｢自由の学府｣だった。
私にとって栃木高校での学園生活は、まるで生まれ変わったかのように平和そのものだった。そんな温和で平和な高校生活の象徴ともいえるのが当時､フォークソングファンの間で人気だった｢NSP｣だった。
3人グループのフォークソングトリオで、ギター2人にベース1人の編成だった。リーダーは天野滋、抜群にギターが巧かった。基本的にラブソングが中心だが、かぐや姫のような四畳半臭さがなく、アリスのような演歌っぽいエグサもなかった。サラリとした水のような歌を唄うグループだった。
ところで、私は父親がギターを弾いていた関係で実は中学時代からギターを覚えていた。最初にマスターしたのが『禁じられた遊び』だった。小学校高学年の頃から洋楽を聴き始めた私だが、中学時代はトム・ジョーンズを卒業してエルトン・ジョンやキャロル・キングなどにはまっていた。
ところが私が急に真面目になった中2のある日、後に栃木高校の先輩となる放送委員のAさんが井上陽水のデビューアルバム『断絶』を私に聴かせてくれた。それ以来、私は洋楽とともに日本のフォークソングも聴くようになった。
吉田拓郎や泉谷しげる、なぎら健壱､友川かずき､岡林信康なども聴いていたが、やはり私は井上陽水が一番好きだった。
しかし栃木高校に入るとなぜか無性にNSPに惹かれはじめた。
NSPといえば､ヤマハが主催するポプコンの初代か2代目のグランプリを獲得したことで知られるグループだが、『さようなら』はなんといっても名曲だった。悲しい別れの歌ではあるが、高校生の私は「そんな悲恋をしてみたい」なんてむしろ憧れていたものである。
さっそくギターで『さようなら』をコピーした。毎日のようにギターを奏でながら唄った。いつのまにかNSPの楽曲の殆どをコピーしてしまった。僕は『汗』や『昨日への逃げ道』という､ややシリアスな曲を好んだ｡
そして私は大久保という友人とフォークソングのデュオを結成し、名前を「コスモ」と名付け、週に3回放課後を利用して演奏と歌の練習をした。大久保はかぐや姫の伊勢正三のファンで『二十二歳の別れ』や『なごり雪』を唄わせたら学校で右に出る者はいなかった。
さらに私たちは井上陽水の楽曲とNSPが持ち歌となった。勿論、オリジナルも作った。私もへたくそな詞を書いてコードをたどりながら曲を作った。これらのオリジナル作品はいまでも楽譜や歌詞を見ずに唄える｡私のオリジナル作品は約30曲に登った｡
それでも、なぜか私たちの呼吸がぴったり合うのはNSPだった。
高校2年の文化祭。
私たちはフォークソングコンサートにエントリーしてステージに立った。私たちのアイドルは栃木高校の姉妹校ともいえる栃木女子高校の生徒たちだった。栃木高校の文化祭は栃木女子高校の子たちで溢れ返った。20程度のグループ中、私たちの出番は確か14番目だった。
ガチガチに緊張して私たちはステージに上がった。最初の曲は井上陽水の『紙飛行機』だった。大久保が唄う。次も陽水の『いつのまにか少女は』で大久保が唄った。3曲目の泉谷しげるの『春夏秋冬』は私が唄い、中盤は大久保得意の『二十二歳の別れ』と『なごり雪』。やっと呼吸がつかめてきた。
栃木女子高校の女の子たちの拍手が嬉しかった。
私はNSPの『あせ』を唄い、エンディングが『さようなら』である。他のグループの仲間が参加してリードギターを取ったりサイドを取ったり、コーラス までしてくれた。あのときの喜びと高揚感はかけがえのない高校生活の象徴のようなものだった。
栃木高校を卒業し、ずいぶん遠回りをしながらも早稲田大学に入学した私は、極真空手と出会い、再び洋楽三昧に浸っていった。もう、その頃は「フォークソング」という言葉は古くなり「ニューミュージック」と呼ばれるようになった。すでにフォークソングの時代は終わりを告げようとしていた。
私もいつしかNSPを忘れていた。
時代は下って2002年｡
とっくの昔に解散していたはずのNSPが再結成するという噂を聞いた。そして、その噂は本当だった。彼らは全国ツアーを敢行し、ライブアルバムを発売した。私はその2枚組のCDを購入して聴いた。何度も何度も聴いた。自然と涙が溢れてきた。
なぜだろう?
なんとなく分かった気がした。私にとって高校生活の思い出のすべてがNSPに込められているからだ。殺伐とした小・中学生時代を経て、何もかも生まれ変わるつもりで入学した栃木高校……。
NSPは高校時代の代名詞だったのだ。もう絶対に戻ってこない瑞々しい青春時代。「問題児」「非行少年」のレッテルから解き放たれた夢のような自由な時代。NSPの楽曲には高校生活のひとこまひとこまが刻み込まれているのだ。
2005年、NSPのリーダーだった天野滋が急逝した。まだ50代半ばというあまりに早すぎる死だった。実に残念でならなかった｡そして無性に悲しく腹が立った｡
私はまたNSPのアルバムを聴きながら独り泣いた。大志も誰もいない､たった独りだけのベッドルールで､私はいまもNSPをよく聴く｡必ず涙がいまもこぼれる……､
(了)
(2005年､夢現舎HPより)
私が入学した栃木高校は県内1、2を争う進学校だったが、私にとっては夢のような自由な学校だった。
教師たちも生徒の「基本的人権」を認め、とにかく規制というものが殆どなかった。｢超｣のつく程の進学校ではあったが､生徒にガリ勉タイプは殆どいない。男子校だから特に
何でもあり、教室にエロ本を持ち込むヤツもいれば校舎の裏でタバコを吸うヤツ、学校帰りに制服のままパチンコ屋に入り浸るヤツもいた。しかしお咎めは一切なし。今はわからないが、少なくとも栃木高校は名実ともに｢自由の学府｣だった。
私にとって栃木高校での学園生活は、まるで生まれ変わったかのように平和そのものだった。そんな温和で平和な高校生活の象徴ともいえるのが当時､フォークソングファンの間で人気だった｢NSP｣だった。
3人グループのフォークソングトリオで、ギター2人にベース1人の編成だった。リーダーは天野滋、抜群にギターが巧かった。基本的にラブソングが中心だが、かぐや姫のような四畳半臭さがなく、アリスのような演歌っぽいエグサもなかった。サラリとした水のような歌を唄うグループだった。
ところで、私は父親がギターを弾いていた関係で実は中学時代からギターを覚えていた。最初にマスターしたのが『禁じられた遊び』だった。小学校高学年の頃から洋楽を聴き始めた私だが、中学時代はトム・ジョーンズを卒業してエルトン・ジョンやキャロル・キングなどにはまっていた。
ところが私が急に真面目になった中2のある日、後に栃木高校の先輩となる放送委員のAさんが井上陽水のデビューアルバム『断絶』を私に聴かせてくれた。それ以来、私は洋楽とともに日本のフォークソングも聴くようになった。
吉田拓郎や泉谷しげる、なぎら健壱､友川かずき､岡林信康なども聴いていたが、やはり私は井上陽水が一番好きだった。
しかし栃木高校に入るとなぜか無性にNSPに惹かれはじめた。
NSPといえば､ヤマハが主催するポプコンの初代か2代目のグランプリを獲得したことで知られるグループだが、『さようなら』はなんといっても名曲だった。悲しい別れの歌ではあるが、高校生の私は「そんな悲恋をしてみたい」なんてむしろ憧れていたものである。
さっそくギターで『さようなら』をコピーした。毎日のようにギターを奏でながら唄った。いつのまにかNSPの楽曲の殆どをコピーしてしまった。僕は『汗』や『昨日への逃げ道』という､ややシリアスな曲を好んだ｡
そして私は大久保という友人とフォークソングのデュオを結成し、名前を「コスモ」と名付け、週に3回放課後を利用して演奏と歌の練習をした。大久保はかぐや姫の伊勢正三のファンで『二十二歳の別れ』や『なごり雪』を唄わせたら学校で右に出る者はいなかった。
さらに私たちは井上陽水の楽曲とNSPが持ち歌となった。勿論、オリジナルも作った。私もへたくそな詞を書いてコードをたどりながら曲を作った。これらのオリジナル作品はいまでも楽譜や歌詞を見ずに唄える｡私のオリジナル作品は約30曲に登った｡
それでも、なぜか私たちの呼吸がぴったり合うのはNSPだった。
高校2年の文化祭。
私たちはフォークソングコンサートにエントリーしてステージに立った。私たちのアイドルは栃木高校の姉妹校ともいえる栃木女子高校の生徒たちだった。栃木高校の文化祭は栃木女子高校の子たちで溢れ返った。20程度のグループ中、私たちの出番は確か14番目だった。
ガチガチに緊張して私たちはステージに上がった。最初の曲は井上陽水の『紙飛行機』だった。大久保が唄う。次も陽水の『いつのまにか少女は』で大久保が唄った。3曲目の泉谷しげるの『春夏秋冬』は私が唄い、中盤は大久保得意の『二十二歳の別れ』と『なごり雪』。やっと呼吸がつかめてきた。
栃木女子高校の女の子たちの拍手が嬉しかった。
私はNSPの『あせ』を唄い、エンディングが『さようなら』である。他のグループの仲間が参加してリードギターを取ったりサイドを取ったり、コーラス までしてくれた。あのときの喜びと高揚感はかけがえのない高校生活の象徴のようなものだった。
栃木高校を卒業し、ずいぶん遠回りをしながらも早稲田大学に入学した私は、極真空手と出会い、再び洋楽三昧に浸っていった。もう、その頃は「フォークソング」という言葉は古くなり「ニューミュージック」と呼ばれるようになった。すでにフォークソングの時代は終わりを告げようとしていた。
私もいつしかNSPを忘れていた。
時代は下って2002年｡
とっくの昔に解散していたはずのNSPが再結成するという噂を聞いた。そして、その噂は本当だった。彼らは全国ツアーを敢行し、ライブアルバムを発売した。私はその2枚組のCDを購入して聴いた。何度も何度も聴いた。自然と涙が溢れてきた。
なぜだろう?
なんとなく分かった気がした。私にとって高校生活の思い出のすべてがNSPに込められているからだ。殺伐とした小・中学生時代を経て、何もかも生まれ変わるつもりで入学した栃木高校……。
NSPは高校時代の代名詞だったのだ。もう絶対に戻ってこない瑞々しい青春時代。「問題児」「非行少年」のレッテルから解き放たれた夢のような自由な時代。NSPの楽曲には高校生活のひとこまひとこまが刻み込まれているのだ。
2005年、NSPのリーダーだった天野滋が急逝した。まだ50代半ばというあまりに早すぎる死だった。実に残念でならなかった｡そして無性に悲しく腹が立った｡
私はまたNSPのアルバムを聴きながら独り泣いた。大志も誰もいない､たった独りだけのベッドルールで､私はいまもNSPをよく聴く｡必ず涙がいまもこぼれる……､
(了)
(2005年､夢現舎HPより)
2007年08月20日
連載/｢悪友｣家高康彦の悪口!?(4)特別編
連載の｢悪友･家高康彦の悪口｣が好評だ｡
今日､家高と話した｡開口一番､彼は言った｡
｢おまえなあ､あれだけ止めれっていったのに､俺の悪口ｺﾗﾑやり出したんだってな？ くるんだよ､俺んとこにﾒｰﾙが!｣
私は訊いた｡｢なんて書いてくんだ？｣
｢俺にﾒｰﾙ寄越すﾔﾂらはﾊﾞｶ連中っておまえ書くから､本当に『僕らはﾊﾞｶなんですか？』なんて書いてくるぞ｡だから､俺は紳士で通してんだからよ｡身内の話書いたら俺の面目丸潰れだろうがよ! 俺は『三瓶先輩は立派です』『増田さんは立派です』と一生懸命に書いてるのによ､おまえんとこでﾎﾞｹｶｽ言ってたなんて書かれたら､『家高さんは嘘つきですか？』なんて話になるだろうが｡どうしてくれるんだよ､俺の信用をよ!｣
私はいつものように笑いながら言った｡
｢いいやろが､本音と建て前で｡人間はみんな本音と建て前で生きとるんよ｣
｢そりゃあ逆じゃねえか？ 俺が本音を書いてよ､おまえが建て前書くんだろうが｣
こうして､またいつもの下らない話になった｡
小島｢ﾊﾞｶ! おまえが本音を書かねえから俺が書いてやってるんだよ｣
家高｢そんなの誰も頼んでないよ｡勝手に好き放題書いてんなよな｣
小島｢でもよ､会話は完全な再現じゃねえけど､大筋はみな正しいだろが｡何ひとつ嘘はねえはずだぞ｡それは認めるよな｣
家高｢そうだけどよ｡でも俺たちは毎回､ﾊﾞｶとかｺﾉﾔﾛｰとかﾄﾞｱﾎなんて汚え言葉使ってねえべ｡あれじゃ､どっかのﾔﾝｷｰになっちゃうよ｡頼むからよ｡もう少し普通の感じで書いてくれよ｣
小島｢だってあれが普通だべ｣
家高｢だからよ､もう少しﾄｰﾝを落としてくれよ｣
小島｢分かったよ｡ところでよ､おまえにどんなﾒｰﾙがきてんだよ｡どうせ小島の悪口だろ？｣
家高｢最近はよ｡小島さんはﾔｸｻﾞなんですか？ なんてえのがやたら多いぞ｡なかにはよ､『家高さんは夢現舎の顧問らしいですが､夢現舎がﾔｸｻﾞだって知って顧問をしてるんですか？ それとも家高さんもﾔｸｻﾞなんですか？』なんてえのもあるぞ｡どうなってんだよ｣
小島｢そんで､おまえはなんと答えたんだ？｣
家高｢私はいまだかつて小島がﾔｸｻﾞなんて聞いたことはありません…何でも無難に答えているよ｡何でそんなﾃﾞﾏが飛ぶんだ｣
小島｢どっか､2ちゃんねるとか他の掲示板にそんな悪口が書かれてるんだろうよ｡そんなのは直接､俺に聞いてくればいいやんけ｣
家高｢じゃあ､おまえが責任持って答えろよ｣
小島｢ﾌﾞﾛｸﾞのなかで､俺が書いたｺﾗﾑもあるし､『一撃会』会員で､Sってｶﾞｷんときからの同級生が書いたんだよ｡これが誤解の元だな｡おまえも知っとるやろ｡俺んちは複雑で､確かに親父は昔､博徒で毎日うちで賭博を開いていた｡母親は出ていって､俺は親戚中預けられて酷い差別にあったんよ｡親父がいる前ではｶｽﾞちゃんなんて猫なで声でよ｡親父が帰ると態度が一転して､晩飯なんか､俺のｵｶｽﾞが一品少ないんだ｡そんなｸｿみたいな親父の親戚から逃げて､引っ越す前のうちの裏に住んでた梁川に面倒を見てもらった｡梁川の親父は在日一世で古物屋やってたけど､昔は東京の在日系愚連隊の幹部やってて､それで俺の親父と義兄弟やったんよ｣
家高｢知ってるよ｡梁川さんの息子さんが智明さんで､おまえは智明さんに可愛がられたんだよな｡凄いﾜﾙだったんだろ｡北関東の不良で知らないﾔﾂはいなかったよな？｣
小島｢その智明が兄貴分で､いまは完全に代紋背負った本格派だからな｡そんな関係で俺がいまも､昔の恩人じゃけえ､つき合っとるわけや｡それが､いつしか小島がﾔｸｻﾞ…そうなったんやろ｡だけど小島は正真正銘のｶﾀｷﾞですけん｡表も裏も真面目な編集者かつ物書きですけん｣
家高｢それにおまえ､横●玄●さんにｹﾂﾓﾁ頼んだんだって？ 横●さんはこれまた本格派の右翼で○○の大物幹部なんだろ？ 俺も知ってるけど､確かにいい人だよ｡でもひと皮剥けば完全にﾔﾊﾞｲ人だというぞ｣
小島｢横●さんには総裁の生前から､とても世話になったんだよ｡大志が幼稚園の頃から可愛がってくれて…｡本当によくしてくれた｡今回の『大山倍達の遺言』でも､多忙ななか時間作ってくれて､最大限の協力をしてくれた｡松井さんが許永中をたとえ犯罪者でも恩人と思うように､俺には横●さんが右翼だろうが○○だろうが関係ない｡世話になった筋を通すし､何かあれば協力頼む…それだけのことだよ｣
家高｢おまえはｺﾜﾓﾃだから､みんなに誤解されるんだよ｣
小島｢それは松井館長だっておんなじだよ｡俺も空手や格闘技の世界で物書きやって生きてるんじゃ｡脅迫だ襲撃だ､特に新極真のｱﾎ連中から何度襲われたか…｡黙ってやられる訳にはいかないやろ｡むしろﾔｸｻﾞだﾁﾝﾋﾟﾗだっていうならば新極真の跳ねっ返りの方が完全なﾔｸｻﾞか愚連隊やろ｡そないなくらいだから､新極真の支部長が強姦強盗事件起こしたり､有名選手が麻薬やったり､卑怯な暴力事件起こしたり､不祥事が続いてるやろが｡麻薬やっても暴力事件起こしても試合に出られて優勝するなんて組織がどこにあるよ｡俺をﾔｸｻﾞというなら新極真こそがﾁﾝﾋﾟﾗﾔｸｻﾞじゃけえな｣
家高｢だからか？ 誰かが『小島は三瓶とﾀｲﾏﾝ張ると言ってますがどうですか？』なんてﾊﾞｶな質問､いや素朴な質問がくるんだよ｣
小島｢三平〜？ いつでもﾀｲﾏﾝ張るよ｡ただな､男と男の勝負っちゅうのは何も暴力だけじゃないけん｡俺はもう2年間､三平に会いたいと電話は100回はしたぞ｡いつも留守電｡いつも返事なし｡だから男のｸｽﾞ言うんよ｡家高､おまえも三平大嫌いやろが! 男ならそれくらい旗幟鮮明にしろよ｡三平が会うっていえば福島でもどこでもいく覚悟はあります｡それが大袈裟になってﾀｲﾏﾝ張るなんてことになるんだ｡家高よ､てめえにﾒｰﾙするﾔﾂにちゃんと言っとけよ｡しっかりと小島のﾌﾞﾛｸﾞを読みなさい! ってな｣
家高｢けどよ､実際に三瓶さんは(極真会館)分裂前によ､松井さんにｹﾝｶ売られて謝っちゃったらしいじゃん｡あれって最悪の大恥だよな｣
小島｢極真も空手が商売じゃけん｡ﾔｸｻﾞと似てて､最後はやっぱり『男気』を売る訳よ｡腕力に限らねえけど､『漢』を売る商売やけんな｡三平のｺﾄは『大山倍達の遺言』で詳しく書くよ｡塚本がな｡そのときに立ち会っていた人物にもようけ話が聞けたけん｡だから言っとるやないけ｡小島はおまえの『悪口』っちゅうても昔の学生時代の話を書いていく訳じゃけん｡おまえの面目を立てるために､男のﾌﾟﾗｲﾄﾞをやるっていったやろが｣
家高｢なんだよ!?｣
小島｢俺と家高は学生時代､むちゃくちゃやってたけん｡けど『空手もｹﾝｶも小島の2枚も3枚も家高の方が上だった』｡これは最高の勲章やろが! それ書いたらもう､俺は何おまえの悪口書いても許されるんじや｣
家高｢関係ねえよ､そんな見え透いたお世辞はいらねえよ｡それよりよ､最近､小島は在日ですか？なんて質問もあるぞ｡俺はよ､小島が2世とか3世という話は聞いたことがありませんって答えてるよ｡無難にな｣
小島｢だから､これは梁川との関係と､一撃の会員のSの作文から出てきた噂に過ぎないんだよ｡あのSも､昔ﾏﾙ暴やったからな｡ただよ､最近分かったんじゃけん､俺の母方の4代か5代前の先祖は朝鮮半島からきたらしい｡確証がないけん｡うちも色々と複雑な家庭じゃけえ｡お祖父ちゃんは確実に日本国籍持ってたけん｡その前辺りがそうだっちゅう話を1､2か月前に聞いた｡けど不確かなんだわ｡まだ｡それは認める｡いまは親戚付き合いしとらんから､わし｡調べようがないんじゃ｣
家高｢頼むからよ｡その広島弁止めてくんねえか｣
小島｢ﾀﾞﾒなんよ｡いま芦原英幸の長男･英典館長の『我が父 芦原英幸』書いちょるけん｡広島弁使わんと書けんのじゃ｣
家高｢分かったよ｡ならよ､今後はよ､あんまり俺の言葉､ﾍﾞﾗﾝﾒｲにしないでくれる？ 家高のｲﾒｰｼﾞはよ､紳士なんだからよ｡頼むよ｣
小島｢分かったよ｣
家高｢最後によ､言っとくけど｡俺はいまはｱﾝｺとﾁｮｺの区別はつくぞ｣
小島｢でも､昔は区別がつかんといっとろうが｣
家高｢でも､いまはつくんだよ｡そう書いておいてくれよ｡俺はもう味覚音痴じゃないんだよね
小島｢本当か？｣
家高｢最近､ﾎﾞﾀﾓﾁが好きでよ｡年中喰ってんだ｡でもﾁｮｺﾚｰﾄの区別つくぜ｡あっ!｣
小島｢何だよ？｣
家高｢そういえばこの前よ､ﾎﾞﾀﾓﾁ買ってきて喰おうと思ったらよ｡何故か表面がﾍﾞﾄﾍﾞﾄしてなくてよ｡変だなって思ったらｱﾝｺが固くてﾎﾟﾛﾎﾟﾛしてんだ｡焦って､よく見たらﾁｮｺ饅頭だった｣
小島｢全然治っとらんやないけ｣
(つづく)
今日､家高と話した｡開口一番､彼は言った｡
｢おまえなあ､あれだけ止めれっていったのに､俺の悪口ｺﾗﾑやり出したんだってな？ くるんだよ､俺んとこにﾒｰﾙが!｣
私は訊いた｡｢なんて書いてくんだ？｣
｢俺にﾒｰﾙ寄越すﾔﾂらはﾊﾞｶ連中っておまえ書くから､本当に『僕らはﾊﾞｶなんですか？』なんて書いてくるぞ｡だから､俺は紳士で通してんだからよ｡身内の話書いたら俺の面目丸潰れだろうがよ! 俺は『三瓶先輩は立派です』『増田さんは立派です』と一生懸命に書いてるのによ､おまえんとこでﾎﾞｹｶｽ言ってたなんて書かれたら､『家高さんは嘘つきですか？』なんて話になるだろうが｡どうしてくれるんだよ､俺の信用をよ!｣
私はいつものように笑いながら言った｡
｢いいやろが､本音と建て前で｡人間はみんな本音と建て前で生きとるんよ｣
｢そりゃあ逆じゃねえか？ 俺が本音を書いてよ､おまえが建て前書くんだろうが｣
こうして､またいつもの下らない話になった｡
小島｢ﾊﾞｶ! おまえが本音を書かねえから俺が書いてやってるんだよ｣
家高｢そんなの誰も頼んでないよ｡勝手に好き放題書いてんなよな｣
小島｢でもよ､会話は完全な再現じゃねえけど､大筋はみな正しいだろが｡何ひとつ嘘はねえはずだぞ｡それは認めるよな｣
家高｢そうだけどよ｡でも俺たちは毎回､ﾊﾞｶとかｺﾉﾔﾛｰとかﾄﾞｱﾎなんて汚え言葉使ってねえべ｡あれじゃ､どっかのﾔﾝｷｰになっちゃうよ｡頼むからよ｡もう少し普通の感じで書いてくれよ｣
小島｢だってあれが普通だべ｣
家高｢だからよ､もう少しﾄｰﾝを落としてくれよ｣
小島｢分かったよ｡ところでよ､おまえにどんなﾒｰﾙがきてんだよ｡どうせ小島の悪口だろ？｣
家高｢最近はよ｡小島さんはﾔｸｻﾞなんですか？ なんてえのがやたら多いぞ｡なかにはよ､『家高さんは夢現舎の顧問らしいですが､夢現舎がﾔｸｻﾞだって知って顧問をしてるんですか？ それとも家高さんもﾔｸｻﾞなんですか？』なんてえのもあるぞ｡どうなってんだよ｣
小島｢そんで､おまえはなんと答えたんだ？｣
家高｢私はいまだかつて小島がﾔｸｻﾞなんて聞いたことはありません…何でも無難に答えているよ｡何でそんなﾃﾞﾏが飛ぶんだ｣
小島｢どっか､2ちゃんねるとか他の掲示板にそんな悪口が書かれてるんだろうよ｡そんなのは直接､俺に聞いてくればいいやんけ｣
家高｢じゃあ､おまえが責任持って答えろよ｣
小島｢ﾌﾞﾛｸﾞのなかで､俺が書いたｺﾗﾑもあるし､『一撃会』会員で､Sってｶﾞｷんときからの同級生が書いたんだよ｡これが誤解の元だな｡おまえも知っとるやろ｡俺んちは複雑で､確かに親父は昔､博徒で毎日うちで賭博を開いていた｡母親は出ていって､俺は親戚中預けられて酷い差別にあったんよ｡親父がいる前ではｶｽﾞちゃんなんて猫なで声でよ｡親父が帰ると態度が一転して､晩飯なんか､俺のｵｶｽﾞが一品少ないんだ｡そんなｸｿみたいな親父の親戚から逃げて､引っ越す前のうちの裏に住んでた梁川に面倒を見てもらった｡梁川の親父は在日一世で古物屋やってたけど､昔は東京の在日系愚連隊の幹部やってて､それで俺の親父と義兄弟やったんよ｣
家高｢知ってるよ｡梁川さんの息子さんが智明さんで､おまえは智明さんに可愛がられたんだよな｡凄いﾜﾙだったんだろ｡北関東の不良で知らないﾔﾂはいなかったよな？｣
小島｢その智明が兄貴分で､いまは完全に代紋背負った本格派だからな｡そんな関係で俺がいまも､昔の恩人じゃけえ､つき合っとるわけや｡それが､いつしか小島がﾔｸｻﾞ…そうなったんやろ｡だけど小島は正真正銘のｶﾀｷﾞですけん｡表も裏も真面目な編集者かつ物書きですけん｣
家高｢それにおまえ､横●玄●さんにｹﾂﾓﾁ頼んだんだって？ 横●さんはこれまた本格派の右翼で○○の大物幹部なんだろ？ 俺も知ってるけど､確かにいい人だよ｡でもひと皮剥けば完全にﾔﾊﾞｲ人だというぞ｣
小島｢横●さんには総裁の生前から､とても世話になったんだよ｡大志が幼稚園の頃から可愛がってくれて…｡本当によくしてくれた｡今回の『大山倍達の遺言』でも､多忙ななか時間作ってくれて､最大限の協力をしてくれた｡松井さんが許永中をたとえ犯罪者でも恩人と思うように､俺には横●さんが右翼だろうが○○だろうが関係ない｡世話になった筋を通すし､何かあれば協力頼む…それだけのことだよ｣
家高｢おまえはｺﾜﾓﾃだから､みんなに誤解されるんだよ｣
小島｢それは松井館長だっておんなじだよ｡俺も空手や格闘技の世界で物書きやって生きてるんじゃ｡脅迫だ襲撃だ､特に新極真のｱﾎ連中から何度襲われたか…｡黙ってやられる訳にはいかないやろ｡むしろﾔｸｻﾞだﾁﾝﾋﾟﾗだっていうならば新極真の跳ねっ返りの方が完全なﾔｸｻﾞか愚連隊やろ｡そないなくらいだから､新極真の支部長が強姦強盗事件起こしたり､有名選手が麻薬やったり､卑怯な暴力事件起こしたり､不祥事が続いてるやろが｡麻薬やっても暴力事件起こしても試合に出られて優勝するなんて組織がどこにあるよ｡俺をﾔｸｻﾞというなら新極真こそがﾁﾝﾋﾟﾗﾔｸｻﾞじゃけえな｣
家高｢だからか？ 誰かが『小島は三瓶とﾀｲﾏﾝ張ると言ってますがどうですか？』なんてﾊﾞｶな質問､いや素朴な質問がくるんだよ｣
小島｢三平〜？ いつでもﾀｲﾏﾝ張るよ｡ただな､男と男の勝負っちゅうのは何も暴力だけじゃないけん｡俺はもう2年間､三平に会いたいと電話は100回はしたぞ｡いつも留守電｡いつも返事なし｡だから男のｸｽﾞ言うんよ｡家高､おまえも三平大嫌いやろが! 男ならそれくらい旗幟鮮明にしろよ｡三平が会うっていえば福島でもどこでもいく覚悟はあります｡それが大袈裟になってﾀｲﾏﾝ張るなんてことになるんだ｡家高よ､てめえにﾒｰﾙするﾔﾂにちゃんと言っとけよ｡しっかりと小島のﾌﾞﾛｸﾞを読みなさい! ってな｣
家高｢けどよ､実際に三瓶さんは(極真会館)分裂前によ､松井さんにｹﾝｶ売られて謝っちゃったらしいじゃん｡あれって最悪の大恥だよな｣
小島｢極真も空手が商売じゃけん｡ﾔｸｻﾞと似てて､最後はやっぱり『男気』を売る訳よ｡腕力に限らねえけど､『漢』を売る商売やけんな｡三平のｺﾄは『大山倍達の遺言』で詳しく書くよ｡塚本がな｡そのときに立ち会っていた人物にもようけ話が聞けたけん｡だから言っとるやないけ｡小島はおまえの『悪口』っちゅうても昔の学生時代の話を書いていく訳じゃけん｡おまえの面目を立てるために､男のﾌﾟﾗｲﾄﾞをやるっていったやろが｣
家高｢なんだよ!?｣
小島｢俺と家高は学生時代､むちゃくちゃやってたけん｡けど『空手もｹﾝｶも小島の2枚も3枚も家高の方が上だった』｡これは最高の勲章やろが! それ書いたらもう､俺は何おまえの悪口書いても許されるんじや｣
家高｢関係ねえよ､そんな見え透いたお世辞はいらねえよ｡それよりよ､最近､小島は在日ですか？なんて質問もあるぞ｡俺はよ､小島が2世とか3世という話は聞いたことがありませんって答えてるよ｡無難にな｣
小島｢だから､これは梁川との関係と､一撃の会員のSの作文から出てきた噂に過ぎないんだよ｡あのSも､昔ﾏﾙ暴やったからな｡ただよ､最近分かったんじゃけん､俺の母方の4代か5代前の先祖は朝鮮半島からきたらしい｡確証がないけん｡うちも色々と複雑な家庭じゃけえ｡お祖父ちゃんは確実に日本国籍持ってたけん｡その前辺りがそうだっちゅう話を1､2か月前に聞いた｡けど不確かなんだわ｡まだ｡それは認める｡いまは親戚付き合いしとらんから､わし｡調べようがないんじゃ｣
家高｢頼むからよ｡その広島弁止めてくんねえか｣
小島｢ﾀﾞﾒなんよ｡いま芦原英幸の長男･英典館長の『我が父 芦原英幸』書いちょるけん｡広島弁使わんと書けんのじゃ｣
家高｢分かったよ｡ならよ､今後はよ､あんまり俺の言葉､ﾍﾞﾗﾝﾒｲにしないでくれる？ 家高のｲﾒｰｼﾞはよ､紳士なんだからよ｡頼むよ｣
小島｢分かったよ｣
家高｢最後によ､言っとくけど｡俺はいまはｱﾝｺとﾁｮｺの区別はつくぞ｣
小島｢でも､昔は区別がつかんといっとろうが｣
家高｢でも､いまはつくんだよ｡そう書いておいてくれよ｡俺はもう味覚音痴じゃないんだよね
小島｢本当か？｣
家高｢最近､ﾎﾞﾀﾓﾁが好きでよ｡年中喰ってんだ｡でもﾁｮｺﾚｰﾄの区別つくぜ｡あっ!｣
小島｢何だよ？｣
家高｢そういえばこの前よ､ﾎﾞﾀﾓﾁ買ってきて喰おうと思ったらよ｡何故か表面がﾍﾞﾄﾍﾞﾄしてなくてよ｡変だなって思ったらｱﾝｺが固くてﾎﾟﾛﾎﾟﾛしてんだ｡焦って､よく見たらﾁｮｺ饅頭だった｣
小島｢全然治っとらんやないけ｣
(つづく)
2007年08月19日
連載/｢悪友｣家高康彦の悪口!?(3)〜コーヒーとココアの区別がつかない？
●ｺｰﾋｰとｺｺｱの区別がつかない
小島｢おまえさ､やっぱり1年のときじゃけん｡稽古の帰りに田中先輩たちと7人でｻﾃﾝに入ってな､みんなでｺｰﾋｰ飲んだの覚えちょるか？｣
家高｢ﾊﾞｶか､てめえ! そんなこと何回もあったよ｡何十回もありました｣
小島｢佐々木先輩や横田先輩もいたけん｡岸田もおったぞ｡そんでな､みんなしてｺｰﾋｰ頼んだんじゃ｡たしか横田先輩が注文聞いたはずや｡『みなさん､ｺｰﾋｰでいいですよね？』って､そんで俺ら1年生は『押忍!』って答えたけん｡そしたらおまえだけが突然､異議を申し立てたんじゃ｣
家高｢小島よ､いい加減にしろよな! てめえの変な広島弁聞いてると頭痛くなってくるぞ｡この野郎! 芦原先生に憧れんのもたいがいにしろよ｣
小島｢うるせい! とにかくだ｡おまえはそんとき､1人だけ異議を唱えてな｡『押忍! 自分はﾎｯﾄｺｺｱをお願いしますです』なんて変なこと言ったんじゃ､このﾎﾞｹｶｽが!｣
※解説
私と家高の電話はだいたいこのようなやり取りが普通である｡文字にするとｹﾝｶしているようだが､決してそんなことはない｡私たちは､こんな言い方をどこかで楽しんでいるのかもしれない｡
家高｢小島〜｡頼むよ｡その変な広島弁やめてくれよ｣
小島｢もう､うるせえな! 分かったよ｡いいか､家高｡おまえは先輩もみんながｺｰﾋｰを頼んでいるのに､てめえだけ1人ｺｺｱを頼んだんだよ｡それ､覚えてるか？｣
家高｢覚えてねえけど､覚えてるよ!｣
小島｢なに〜？ そりゃどういうことだよ？｣
家高｢だから…､この話はもう何度もおまえから聞かされたからよ､覚えてねえけど､なんとなく覚えてるような気がしてきたんだよ｡だからよう､もう話の続きは分かってるよ｡おまえが何を言いたいのか分かってるよ｡こんなことﾌﾞﾛｸﾞに書くなよ､と家高が言いましたと書いとけよ｣
小島｢このﾊﾞｶ! 何度でも言ってやるよ｡それでな､暫くしてまずｺｰﾋｰが運ばれてきたんだ｡確か7人だったから､6個のｺｰﾋｰｶｯﾌﾟが揃ったんだよ｡それで､みんなが勝手にｺｰﾋｰを飲みだしたわけだ…｡そんとき､佐々木先輩だけが田中先輩と話し込んでいて､ついｺｰﾋｰｶｯﾌﾟを取るのを忘れていて､突然『あれ？ 俺のｺｰﾋｰがないぞ』と言い出したんだ｡ｳｴｲﾀｰが忘れたかな？ なんて騒いでいたら､俺の隣に座っていた岸田が俺を肘でつついて､目で家高の方を合図したんだ｡そしたら､てめえはﾁｬｯｶﾘ平気な顔してｺｰﾋｰを飲んでたんだよ｡澄ました顔してな! 砂糖とﾐﾙｸ一杯いれて啜ってたんじゃ｣
家高｢あれはｺｺｱだったの!｣
小島｢まだ､この期に及んで言うか？ このｱﾎﾀﾚ｡あのなあ､あそこのｺｰﾋｰｶｯﾌﾟは円柱の形して真っ白かったの｡後からきたろうが､ｺｺｱが｡花柄模様でｼｬﾚたｶｯﾌﾟに入っとったろうが｡佐々木先輩は一口飲んで『家高! これは正真正銘のｺｺｱだぞ』と言ったのに､それでもおまえは強情に『押忍! 自分が飲んでるのもｺｺｱです』とｼｬｰｼｬｰと答えやがった｡みんな呆れて笑って､佐々木先輩は仕方がなくｺｺｱを飲んだよ｣
家高｢だけどな､あれは本当にｺｺｱだったんだぜ｣
小島｢まあ､ええよ｡おまえは結局はｺｰﾋｰとｺｺｱの区別がつかなかったということだよ｣
このように､味覚音痴の家高にはｺｰﾋｰとｺｺｱの区別がつかなかった｡
ところで当時､急性ｱﾙｺｰﾙ中毒で病院に運ばれ､それ以来､体質が変わったのか､私は一切ｱﾙｺｰﾙが飲めない体になった｡一時は､食堂で､隣のﾃｰﾌﾞﾙの人がﾋﾞｰﾙを飲んでいるのを見るだけで､そこはかとなくﾋﾞｰﾙの香りを感じた気がして吐き気に襲われたものだ｡
それまで､ｳｨｽｷｰといえば水割りなど女性が飲むもの､ｵﾝｻﾞﾛｯｸかﾁｪｲｻｰ付きでｽﾄﾚｰﾄしか飲まなかった｡特にﾊﾞｰﾎﾞﾝが好きで､よくﾛｰﾊｲﾄﾞというﾊﾞｰﾎﾞﾝ風のｳｨｽｷｰやｹﾝﾀｯｷｰｳｨｽｷｰを好んで飲んでいた｡
ｽﾞﾌﾞﾛｯｶという香草入りのｳｫｯｶも大好きだった｡ﾋﾞｰﾙはｱｻﾋと決めていたが､当時からあったｴﾋﾞｽﾋﾞｰﾙはご馳走だった｡
ところが…｡これについてはいつの日か書くこともあるだろうが､友人3人とﾊﾞｶ飲みをした私は突然､血を吐いた｡吐いても吐いても何にも出なくなった直後である｡ﾄﾞｽ黒い血を吐いた｡そのうち､鮮血が台所に飛び散った｡ﾔﾊﾞｲと思った友人の対応で一命を取り留めた｡医師は｢あと30分遅かったら死んでいた｣と言った｡同じことを異なる理由で医師に言われたのも､その後2度ばかりあるのだが…｡
こうして私は下戸になった｡
しかしその後､体中に塩の結晶を浮かべながら稽古した後､先輩たちが飲むﾋﾞｰﾙが無性に美味しそうに思うようになった｡それから再び､少しだけ飲めるようになった｡だが､それでもﾋﾞｰﾙならば中ｼﾞｮｯｷ1杯で十分｡ﾁｭｰﾊｲも2杯が限界になり､現在に至っている｡
というか､いまは自らは決して酒を飲まない｡仕事などで避けられないときだけ､無理して飲むだけだ｡酔うと直ぐに気持ち悪くなる｡だから仕事でも､余程いいことがあったときしか飲まない｡厭なﾔﾂとは絶対に飲まない｡
ちなみに､家高も酒に滅法弱い｡ただ弱いだけならいいが､家高の場合､飲めないくせに勧められると断れない｡だから､どんどん飲む…すると暴れ出す｡酒乱なのだ｡もう､大量の酒を飲んだら最後､手をつけられなくなる｡あるときなど､高田馬場の駅前で先輩に飲まされ､駅から大学までの早稲田通り｡商店街を歩きながら目に付くﾈｵﾝや電気の看板を全部ﾛｰｷｯｸで割ってしまったという事件もある｡
だから､家高もまず酒を飲まない｡家高とはかれこれ20以上の(途中のﾌﾞﾗﾝｸも入れて)の付き合いになるが､2人で飲んだのは､昔､ｶﾞｰﾙﾌﾚﾝﾄﾞとよくいった行きつけのﾊﾞｰだけの1回しかない｡そのときも酒より､その店名物のｼｪﾌお勧めのﾊﾟｽﾀばかり食べていた｡
そういえば､松井章圭も黒澤浩樹も酒を嗜まない｡横溝玄像先生も飲まない｡郷田勇三先生も最近でこそ､少し飲むが以前は下戸だった｡夢現舎の塚本佳子は完全な下戸だ｡秘書の飯田は一滴も飲めない｡
よく､｢酒は飲まないが､酒席の雰囲気が好きだ｣という人がいる｡しかし私は酒席も嫌いだ｡昔の私には､盛り場でケンカした記憶しかない｡酔っ払いも嫌いだから､絡まれるとついケンカ沙汰になってしまうのだ｡だからいまは歓楽街にも足を踏み入れない｡要は酒を飲む場所が好きではないということだ｡
ｼﾗﾌの私には酔ってｸﾀﾞを巻くﾔﾂがいると､つい手が出てしまう｡私には｢まあ､酔っているのだから…｣という言葉は通用しない｡また､｢酒が飲めないﾔﾂとは腹を割って話せない｣などと言う酒豪気取りも大嫌いだ｡三平ｹｰｼﾞや東孝氏などがそうだが､とんでもない｡そんなﾔﾂとはこっちから願い下げだ｡
話がそれた｡
そういうわけで､ｱﾙｺｰﾙを受け付けなくなった私はｺｰﾋｰに凝り出した｡ｻｲﾌｫﾝでｺｰﾋｰを入れたいと思ったが､貧乏で銭がないので､ｶﾘﾀ式というﾔﾂでいろんなﾚｷﾞｭﾗｰｺｰﾋｰを生協で買ってきては楽しんでいた｡私はﾓｶがいちばん好きだった｡少しｽｯﾊﾟく苦味が少ない｡ｷﾘﾏﾝｼﾞｬﾛは苦味が強いが香りも強い｡ﾌﾞﾗｼﾞﾙは苦いだけで､あまり好きではない｡ﾊﾜｲのｺﾅは優しい味だ｡ﾌﾞﾙｰﾏｳﾝﾃﾝなど､たとえ生協でも高価すぎて買えなかった｡
いまはｺｰﾋｰといえば普通､ｱﾒﾘｶﾝしか頼まない｡何故ならほとんどの喫茶店のｺｰﾋｰは不味いからだ｡ﾌｧﾐﾚｽのｺｰﾋｰなど煮詰まっていて焦げ臭いだけだ｡だから､どうせお湯で薄めているだろうと思いながら､ｱﾒﾘｶﾝを注目する｡
ただ､ﾄﾞﾄｰﾙなどではいまだにﾓｶを飲む｡ｽﾀﾊﾞのｺｰﾋｰはｲﾀﾘｱﾝなのか､粉っぼくてあまり美味しいとは思わない｡
ということで､大学時代､私はｺｰﾋｰに凝った｡だが､家高には絶対ﾚｷﾞｭﾗｰｺｰﾋｰは飲ませなかった｡どうせ味覚音痴なのだ｡だから私は家高専用に､当時ﾀﾞｲｴｰのｵﾘｼﾞﾅﾙ商品だったｷｬﾌﾟﾃﾝｸｯｸの安いｲﾝｽﾀﾝﾄｺｰﾋｰを用意していた｡
そんな私に対し､家高はよく｢ちゃんとしたｺｰﾋｰを入れてくれ｣と懇願した｡だが､私は頑なに拒んだ｡
ある日のことだった…｡
小島｢おまえはほんま､ｺｰﾋｰを飲もうが泥水を飲もうが分からんﾔﾂだったけんな｣
家高｢俺はちゃんと分かったさ｡犬じゃねえんだぞ｣
小島｢あっ､そういえば､おまえ｡俺んとこでちゃんとしたｺｰﾋｰ飲ませねえからって､『俺はｺｰﾋｰの勉強を徹底的にしてきた』なんて胸張ってきたことあったよな？｣
家高｢おまえ､おかしいんじゃねえか？ なんでいちいち昔のこと細かく覚えてるんだ？ もっと大切なことがあるだろうが｣
小島｢なんじゃい､大切なことっちゅうのんは？｣
家高｢またおっ始まったよ｡おまえの変な広島弁｡止めれって言ってるだろ!｣
小島｢だから何なんだよ､もっと大切なことっちゅうのは？｣
家高｢例えば失恋のこととかだよ｣
小島｢おまえ､ほんまのｱﾎやな｡そないな失恋話なんか､早く忘れるのがいいに決まっとろうが…｡おまえは､そんなｳｼﾞｳｼﾞいまも学生時代の失恋話を大切に覚えとるもんな｡あのﾒｰﾃﾙみたいな女性が忘れるられん男やからな｣
家高｢おまえなんかﾌﾗれっぱなしだろ｡忘れる暇もねえもんなあ､ああ可哀想｡塚本さん､そんな小島だけどお願いしますって俺が頭を下げてやろうか？｣
小島｢うるせえんだよ｡そんで､おまえな俺に向かって偉そうにな､『小島､俺はいまはｺｰﾋｰのｴｷｽﾊﾟｰﾄだぜ｡ｺｰﾋｰのｿﾑﾘｴって呼んでくれ』って言いよったな｣
家高｢また､これﾌﾞﾛｸﾞに書くんだべ｡おまえがなんと言おうが､家高はことごとく､何もかも忘れてしまったと言ったと､ちゃんと書いとけよ｣
小島｢でもな､これは覚えているやろ？ ｺｰﾋｰのｿﾑﾘｴだって威張ってやってきたことはよ？｣
家高｢ああ｣
小島｢俺は最初､思ったけん｡こいつ俺んとこでｲﾝｽﾀﾝﾄしか飲ませてもらえんけえ､一生懸命に勉強してきたんだ…､とな｡ところが､とんだ喰わせもんだったよ､てめえは｣
家高｢でもよ､あれもひとつの才能だと思わねえか？ だって一応違いが分かったんだぜ｣
小島｢まあ､確かにな｡でも､それはｺｰﾋｰのｿﾑﾘｴともｺｰﾋｰ通とも言わねえんだよ｡おまえ､偉そうにな､『もう俺はｺｰﾋｰを一口飲めば､全て銘柄当てられる』と言ったよな｣
家高｢だって本当に当てられたんだぜ｡あれは本当だったんだよ｡俺自信あったもん｣
小島｢ああ､それでおまえは何の区別がついたんだっけ？｣
家高｢う〜んと｡確かな､ﾈｽｶﾌｪとﾌﾞﾚﾝﾃﾞｨとｺﾞｰﾙﾄﾞﾌﾞﾚﾝﾄﾞと､ﾏｯｸｽｳｪﾙってあったよな｡それとﾏｷｼﾑと､おまえんとこのｷｬﾌﾟﾃﾝｸｯｸの区別はついたぜ｡偉いだろ？ 才能だろ？｣
小島｢………｣
(つづく)
小島｢おまえさ､やっぱり1年のときじゃけん｡稽古の帰りに田中先輩たちと7人でｻﾃﾝに入ってな､みんなでｺｰﾋｰ飲んだの覚えちょるか？｣
家高｢ﾊﾞｶか､てめえ! そんなこと何回もあったよ｡何十回もありました｣
小島｢佐々木先輩や横田先輩もいたけん｡岸田もおったぞ｡そんでな､みんなしてｺｰﾋｰ頼んだんじゃ｡たしか横田先輩が注文聞いたはずや｡『みなさん､ｺｰﾋｰでいいですよね？』って､そんで俺ら1年生は『押忍!』って答えたけん｡そしたらおまえだけが突然､異議を申し立てたんじゃ｣
家高｢小島よ､いい加減にしろよな! てめえの変な広島弁聞いてると頭痛くなってくるぞ｡この野郎! 芦原先生に憧れんのもたいがいにしろよ｣
小島｢うるせい! とにかくだ｡おまえはそんとき､1人だけ異議を唱えてな｡『押忍! 自分はﾎｯﾄｺｺｱをお願いしますです』なんて変なこと言ったんじゃ､このﾎﾞｹｶｽが!｣
※解説
私と家高の電話はだいたいこのようなやり取りが普通である｡文字にするとｹﾝｶしているようだが､決してそんなことはない｡私たちは､こんな言い方をどこかで楽しんでいるのかもしれない｡
家高｢小島〜｡頼むよ｡その変な広島弁やめてくれよ｣
小島｢もう､うるせえな! 分かったよ｡いいか､家高｡おまえは先輩もみんながｺｰﾋｰを頼んでいるのに､てめえだけ1人ｺｺｱを頼んだんだよ｡それ､覚えてるか？｣
家高｢覚えてねえけど､覚えてるよ!｣
小島｢なに〜？ そりゃどういうことだよ？｣
家高｢だから…､この話はもう何度もおまえから聞かされたからよ､覚えてねえけど､なんとなく覚えてるような気がしてきたんだよ｡だからよう､もう話の続きは分かってるよ｡おまえが何を言いたいのか分かってるよ｡こんなことﾌﾞﾛｸﾞに書くなよ､と家高が言いましたと書いとけよ｣
小島｢このﾊﾞｶ! 何度でも言ってやるよ｡それでな､暫くしてまずｺｰﾋｰが運ばれてきたんだ｡確か7人だったから､6個のｺｰﾋｰｶｯﾌﾟが揃ったんだよ｡それで､みんなが勝手にｺｰﾋｰを飲みだしたわけだ…｡そんとき､佐々木先輩だけが田中先輩と話し込んでいて､ついｺｰﾋｰｶｯﾌﾟを取るのを忘れていて､突然『あれ？ 俺のｺｰﾋｰがないぞ』と言い出したんだ｡ｳｴｲﾀｰが忘れたかな？ なんて騒いでいたら､俺の隣に座っていた岸田が俺を肘でつついて､目で家高の方を合図したんだ｡そしたら､てめえはﾁｬｯｶﾘ平気な顔してｺｰﾋｰを飲んでたんだよ｡澄ました顔してな! 砂糖とﾐﾙｸ一杯いれて啜ってたんじゃ｣
家高｢あれはｺｺｱだったの!｣
小島｢まだ､この期に及んで言うか？ このｱﾎﾀﾚ｡あのなあ､あそこのｺｰﾋｰｶｯﾌﾟは円柱の形して真っ白かったの｡後からきたろうが､ｺｺｱが｡花柄模様でｼｬﾚたｶｯﾌﾟに入っとったろうが｡佐々木先輩は一口飲んで『家高! これは正真正銘のｺｺｱだぞ』と言ったのに､それでもおまえは強情に『押忍! 自分が飲んでるのもｺｺｱです』とｼｬｰｼｬｰと答えやがった｡みんな呆れて笑って､佐々木先輩は仕方がなくｺｺｱを飲んだよ｣
家高｢だけどな､あれは本当にｺｺｱだったんだぜ｣
小島｢まあ､ええよ｡おまえは結局はｺｰﾋｰとｺｺｱの区別がつかなかったということだよ｣
このように､味覚音痴の家高にはｺｰﾋｰとｺｺｱの区別がつかなかった｡
ところで当時､急性ｱﾙｺｰﾙ中毒で病院に運ばれ､それ以来､体質が変わったのか､私は一切ｱﾙｺｰﾙが飲めない体になった｡一時は､食堂で､隣のﾃｰﾌﾞﾙの人がﾋﾞｰﾙを飲んでいるのを見るだけで､そこはかとなくﾋﾞｰﾙの香りを感じた気がして吐き気に襲われたものだ｡
それまで､ｳｨｽｷｰといえば水割りなど女性が飲むもの､ｵﾝｻﾞﾛｯｸかﾁｪｲｻｰ付きでｽﾄﾚｰﾄしか飲まなかった｡特にﾊﾞｰﾎﾞﾝが好きで､よくﾛｰﾊｲﾄﾞというﾊﾞｰﾎﾞﾝ風のｳｨｽｷｰやｹﾝﾀｯｷｰｳｨｽｷｰを好んで飲んでいた｡
ｽﾞﾌﾞﾛｯｶという香草入りのｳｫｯｶも大好きだった｡ﾋﾞｰﾙはｱｻﾋと決めていたが､当時からあったｴﾋﾞｽﾋﾞｰﾙはご馳走だった｡
ところが…｡これについてはいつの日か書くこともあるだろうが､友人3人とﾊﾞｶ飲みをした私は突然､血を吐いた｡吐いても吐いても何にも出なくなった直後である｡ﾄﾞｽ黒い血を吐いた｡そのうち､鮮血が台所に飛び散った｡ﾔﾊﾞｲと思った友人の対応で一命を取り留めた｡医師は｢あと30分遅かったら死んでいた｣と言った｡同じことを異なる理由で医師に言われたのも､その後2度ばかりあるのだが…｡
こうして私は下戸になった｡
しかしその後､体中に塩の結晶を浮かべながら稽古した後､先輩たちが飲むﾋﾞｰﾙが無性に美味しそうに思うようになった｡それから再び､少しだけ飲めるようになった｡だが､それでもﾋﾞｰﾙならば中ｼﾞｮｯｷ1杯で十分｡ﾁｭｰﾊｲも2杯が限界になり､現在に至っている｡
というか､いまは自らは決して酒を飲まない｡仕事などで避けられないときだけ､無理して飲むだけだ｡酔うと直ぐに気持ち悪くなる｡だから仕事でも､余程いいことがあったときしか飲まない｡厭なﾔﾂとは絶対に飲まない｡
ちなみに､家高も酒に滅法弱い｡ただ弱いだけならいいが､家高の場合､飲めないくせに勧められると断れない｡だから､どんどん飲む…すると暴れ出す｡酒乱なのだ｡もう､大量の酒を飲んだら最後､手をつけられなくなる｡あるときなど､高田馬場の駅前で先輩に飲まされ､駅から大学までの早稲田通り｡商店街を歩きながら目に付くﾈｵﾝや電気の看板を全部ﾛｰｷｯｸで割ってしまったという事件もある｡
だから､家高もまず酒を飲まない｡家高とはかれこれ20以上の(途中のﾌﾞﾗﾝｸも入れて)の付き合いになるが､2人で飲んだのは､昔､ｶﾞｰﾙﾌﾚﾝﾄﾞとよくいった行きつけのﾊﾞｰだけの1回しかない｡そのときも酒より､その店名物のｼｪﾌお勧めのﾊﾟｽﾀばかり食べていた｡
そういえば､松井章圭も黒澤浩樹も酒を嗜まない｡横溝玄像先生も飲まない｡郷田勇三先生も最近でこそ､少し飲むが以前は下戸だった｡夢現舎の塚本佳子は完全な下戸だ｡秘書の飯田は一滴も飲めない｡
よく､｢酒は飲まないが､酒席の雰囲気が好きだ｣という人がいる｡しかし私は酒席も嫌いだ｡昔の私には､盛り場でケンカした記憶しかない｡酔っ払いも嫌いだから､絡まれるとついケンカ沙汰になってしまうのだ｡だからいまは歓楽街にも足を踏み入れない｡要は酒を飲む場所が好きではないということだ｡
ｼﾗﾌの私には酔ってｸﾀﾞを巻くﾔﾂがいると､つい手が出てしまう｡私には｢まあ､酔っているのだから…｣という言葉は通用しない｡また､｢酒が飲めないﾔﾂとは腹を割って話せない｣などと言う酒豪気取りも大嫌いだ｡三平ｹｰｼﾞや東孝氏などがそうだが､とんでもない｡そんなﾔﾂとはこっちから願い下げだ｡
話がそれた｡
そういうわけで､ｱﾙｺｰﾙを受け付けなくなった私はｺｰﾋｰに凝り出した｡ｻｲﾌｫﾝでｺｰﾋｰを入れたいと思ったが､貧乏で銭がないので､ｶﾘﾀ式というﾔﾂでいろんなﾚｷﾞｭﾗｰｺｰﾋｰを生協で買ってきては楽しんでいた｡私はﾓｶがいちばん好きだった｡少しｽｯﾊﾟく苦味が少ない｡ｷﾘﾏﾝｼﾞｬﾛは苦味が強いが香りも強い｡ﾌﾞﾗｼﾞﾙは苦いだけで､あまり好きではない｡ﾊﾜｲのｺﾅは優しい味だ｡ﾌﾞﾙｰﾏｳﾝﾃﾝなど､たとえ生協でも高価すぎて買えなかった｡
いまはｺｰﾋｰといえば普通､ｱﾒﾘｶﾝしか頼まない｡何故ならほとんどの喫茶店のｺｰﾋｰは不味いからだ｡ﾌｧﾐﾚｽのｺｰﾋｰなど煮詰まっていて焦げ臭いだけだ｡だから､どうせお湯で薄めているだろうと思いながら､ｱﾒﾘｶﾝを注目する｡
ただ､ﾄﾞﾄｰﾙなどではいまだにﾓｶを飲む｡ｽﾀﾊﾞのｺｰﾋｰはｲﾀﾘｱﾝなのか､粉っぼくてあまり美味しいとは思わない｡
ということで､大学時代､私はｺｰﾋｰに凝った｡だが､家高には絶対ﾚｷﾞｭﾗｰｺｰﾋｰは飲ませなかった｡どうせ味覚音痴なのだ｡だから私は家高専用に､当時ﾀﾞｲｴｰのｵﾘｼﾞﾅﾙ商品だったｷｬﾌﾟﾃﾝｸｯｸの安いｲﾝｽﾀﾝﾄｺｰﾋｰを用意していた｡
そんな私に対し､家高はよく｢ちゃんとしたｺｰﾋｰを入れてくれ｣と懇願した｡だが､私は頑なに拒んだ｡
ある日のことだった…｡
小島｢おまえはほんま､ｺｰﾋｰを飲もうが泥水を飲もうが分からんﾔﾂだったけんな｣
家高｢俺はちゃんと分かったさ｡犬じゃねえんだぞ｣
小島｢あっ､そういえば､おまえ｡俺んとこでちゃんとしたｺｰﾋｰ飲ませねえからって､『俺はｺｰﾋｰの勉強を徹底的にしてきた』なんて胸張ってきたことあったよな？｣
家高｢おまえ､おかしいんじゃねえか？ なんでいちいち昔のこと細かく覚えてるんだ？ もっと大切なことがあるだろうが｣
小島｢なんじゃい､大切なことっちゅうのんは？｣
家高｢またおっ始まったよ｡おまえの変な広島弁｡止めれって言ってるだろ!｣
小島｢だから何なんだよ､もっと大切なことっちゅうのは？｣
家高｢例えば失恋のこととかだよ｣
小島｢おまえ､ほんまのｱﾎやな｡そないな失恋話なんか､早く忘れるのがいいに決まっとろうが…｡おまえは､そんなｳｼﾞｳｼﾞいまも学生時代の失恋話を大切に覚えとるもんな｡あのﾒｰﾃﾙみたいな女性が忘れるられん男やからな｣
家高｢おまえなんかﾌﾗれっぱなしだろ｡忘れる暇もねえもんなあ､ああ可哀想｡塚本さん､そんな小島だけどお願いしますって俺が頭を下げてやろうか？｣
小島｢うるせえんだよ｡そんで､おまえな俺に向かって偉そうにな､『小島､俺はいまはｺｰﾋｰのｴｷｽﾊﾟｰﾄだぜ｡ｺｰﾋｰのｿﾑﾘｴって呼んでくれ』って言いよったな｣
家高｢また､これﾌﾞﾛｸﾞに書くんだべ｡おまえがなんと言おうが､家高はことごとく､何もかも忘れてしまったと言ったと､ちゃんと書いとけよ｣
小島｢でもな､これは覚えているやろ？ ｺｰﾋｰのｿﾑﾘｴだって威張ってやってきたことはよ？｣
家高｢ああ｣
小島｢俺は最初､思ったけん｡こいつ俺んとこでｲﾝｽﾀﾝﾄしか飲ませてもらえんけえ､一生懸命に勉強してきたんだ…､とな｡ところが､とんだ喰わせもんだったよ､てめえは｣
家高｢でもよ､あれもひとつの才能だと思わねえか？ だって一応違いが分かったんだぜ｣
小島｢まあ､確かにな｡でも､それはｺｰﾋｰのｿﾑﾘｴともｺｰﾋｰ通とも言わねえんだよ｡おまえ､偉そうにな､『もう俺はｺｰﾋｰを一口飲めば､全て銘柄当てられる』と言ったよな｣
家高｢だって本当に当てられたんだぜ｡あれは本当だったんだよ｡俺自信あったもん｣
小島｢ああ､それでおまえは何の区別がついたんだっけ？｣
家高｢う〜んと｡確かな､ﾈｽｶﾌｪとﾌﾞﾚﾝﾃﾞｨとｺﾞｰﾙﾄﾞﾌﾞﾚﾝﾄﾞと､ﾏｯｸｽｳｪﾙってあったよな｡それとﾏｷｼﾑと､おまえんとこのｷｬﾌﾟﾃﾝｸｯｸの区別はついたぜ｡偉いだろ？ 才能だろ？｣
小島｢………｣
(つづく)
